この街の太陽は沈まない98



 「………こっちだ」
あの後、屋上に上がった女王蜂は“ランサー”の指示する通りに後をついていった。“ランサー”を完全に信用したのかと問われれば答えは否であり、女王蜂は常に両手に拳銃を下げていた。“ランサー”は何も言ってこないが、気分のいいものではないだろう。
「(…いいものではないだろうに、律儀なやつだ)」
ChaFSSといいUGFクリードといい、そしてこの目の前の何でも屋といい。ずいぶんとこの街には義理堅いお人好しが多いようだ、などと、女王蜂は他人事のようにぼんやり考える。
雀蜂は彼ら三者にとって、どこにとっても有益な存在ではないはずだ。UGFクリードや裏社会に片足突っ込んでいる万屋は言わずもがな、ChaFSSも話を聞く限りでは、おおよそダークヒーロー的存在を認める組織には思えない。あれはダークヒーローがいるならば、無理矢理にでもヒーローに昇格させたがるタイプと見た。そうであるならば、善のために悪をなす訳ではなく、ただ自らが定める悪を滅するためだけに悪をなす、そこに善意などない雀蜂はヒーローになり得るようなものではないから、彼らにとってはただの裏組織だ。
だというのに、彼らは権力のもとに悪事を善事とする組織に対抗するべく、自分を逃がすなどという。力と道理を持ちながら、信念に基づいて道理をねじ曲げることをしている。

ああ、その姿は、まるで。

「……………………」


ずっと、“正義の味方”を目指していた、ような気がする。
過去の記憶は磨耗して思い出せない。この身はとうに擦りきれていて、この手には何も持っていない。オレには何もない。
どうして悪を滅するために悪の道を志したかなど覚えていない。それはただの役目だ。オレがなすべきことだ。

あぁ、それでも。

正義の味方。

いいじゃないか、などと思う、自分がいる。


「おい、どうした!」
「っ!」
鋭い“ランサー”の言葉にはっと女王蜂は我に帰る。

自分は今何を考えていた。何をぼんやりとしていた。
思い出せない。ああ、今は何をしていたんだったか。そう、CPAの手から逃れるために導かれていたんだった、そうだった。

“ランサー”は訝しげに女王蜂を見ていたが、なにか思うところがあったのか特に何も言わずに下を指差した。
「降りるぞ。3分後に酔っぱらいがあそこで待機しているCPA隊員に絡みにいって、騒ぎを起こす。そこに知り合いの配達業者に、配達ついでにトラックを出してもらえることになったから、お前はそのスタッフに紛れて、街の外に出たらすぐに車から降りてあとは自力で逃げろ。あそこの車が見えるな?あれがそうだ、あそこに行け。俺は騒ぎを焚き付けにいく。質問はあるか?」
「1つ。私の面が割れていた場合は無理ではないかね」
「安心しろ、ChaFSSがさらった限りじゃあんたの顔は割れてない。それにあの配達業者にはお前みたいな面の男性スタッフが多いから平気だろ、ヤバそうになったら俺がどうにかしてやるわ」
「……承知した、だがいざとなったら振りきって逃げるぞ」
「ああそうしてくれ、そいつは助かる」
“ランサー”はてきぱきと進んだ会話に満足げにうなずいた。