この街の太陽は沈まない97

「はっは、全部リアルタイムで分かるのか、太っ腹だなChaFSSの奴ら」
「今日一日限りでこちらでも受信できるように電波を飛ばし、24時間後には自動的に消滅するコンピューターウィルスだそうだ。まぁ、このタブレットはタブレットで廃棄処分する約定ではあるが」
ひゅー、と、“ランサー”は口笛をならす。ラーマの持っていたタブレットにはこの街全体の地図が表示され、至るところに赤い点が、ところどころに青い点が光っていた。数と規模を見ても、各隊員一人一人や空中偵察機の位置情報と見て間違いないだろう。手早く数えた青い点は7つ。恐らくChaFSSメンバーのものだと考えられた。
ラーマの言葉からみても、この情報はChaFSSが提供しているのだろう。恐らく黒幕はChaFSSを目立たせようとしているのだから、きっとChaFSSが指揮を執っているはずだ。成る程、そうであるならば、これだけの情報は確かに手に入るであろう。
ChaFSSとUGFクリードの敵対関係はずいぶん長いと聞く。これがいわゆる、長い付き合いがゆえのコンビネーション、というやつなのだろうか。
「UGFクリードというのは随分と義理堅いらしいな?」
そんな、少年漫画にでもありそうなことを考えてしまった自分を馬鹿馬鹿しいと思いながら、口からは皮肉が飛び出す。その女王蜂の言葉に、“ランサー”はつまらなそうに目を細めた。
「お前は口を開くと嫌味しか言えねぇのか?そういうのは女の子じゃねぇとかわいくねぇぞ?」
「可愛さを期待されても困るのだが」
「そういう意味じゃねぇよたわけ。…しっかし、しっかり仕事してるじゃねぇか、CPAの野郎ども。街を出るにはどうしたって大通りに接続するしかねぇが、すべて埋まってやがるな」
“ランサー”は女王蜂と口論をしても仕方がないと思ったのか、軽く注意めいたことを口にしただけですぐに注意を仕事に向けた。挑発に乗りやすいタイプだろうに、切り替えがやけに早いような気もする。
「(………いずれ黒幕は始末する。その時のために、こいつらの存在は記録に留めておくか…)」
「ChaFSSの街は元々城下町であったそうだからなぁ、そのせいであろうな。ぎりぎりまで裏通りや屋上をつたって近づき、騒ぎを起こして意識を拡散させるしかないだろうな…」
うーむ、と二人の会話をまるで気にしていないラーマが小さく唸る。こちらもこちらで、意外と注意が必要そうだ。
と、そこへ、パタパタと音をたてて小さな鳥が窓から飛び込んできた。よく見るとそれは精巧に作られた機械の鳥で、その鳥はぴたりと“ランサー”の肩に止まった。
「……っと、“キャスター”連中から指示がきた。ルート計算を向こうでしてくれたみてぇだな。続報は無線ではいることになってる、ひとまずこのルートでいくぞ。異論はねぇな、女王蜂?」
「……いいだろう、堅実な選択だ」
「よし、ラーマはここで待機だ、またな!」
「幸運を祈る。女王蜂よ」
“ランサー”は手早く新たな情報を処理すると、すぐに部屋を出ていった。階段を上る音がしたから、屋上から行くのだろう。
それに続こうとした女王蜂を、ラーマが引き留めた。
「なにかね」
「…お主、まだ諦めるつもりはないのだろう?」
「“悪”がそこにあるかぎり、最期まで止まるつもりはないな、オレは」
「そうか。ならば此度の黒幕だけでなく、我が組織もいずれ貴様の標的となることもあるのだろう。それを悪いとは言わん、だが、我らがボスは命乞いを許さない。我らと再び敵対する時には、覚悟をしてくるがいい」
「!…ふっ、心のすみにでもとどめておくよ」
工場では雀蜂側にも被害が出ているとはいえ、こちらも相当数を殺している。その事に嫌みのひとつでも言われるか、と思って振り返った女王蜂だったが、この人の良さそうな男が表情も変えずに口にしたのは、宣戦布告めいた宣言。
そう来るとは思わなかった女王蜂は僅に目を見開いた。ああだが確かに、穏やかの瞳の奥をよくよくみれば、物騒な色にも光る炎が宿っている。クー・フーリン・オルタ、獣のごとき苛烈な王の支配する組織、部下も並大抵ではない、ということらしい。

そういう、一見義理堅いようにみえて敵対するものには慈悲も容赦もなく、正義も悪もない組織。それが裏組織としてはもっとも厄介だ。

いつか、オレの敵になろう。

女王蜂はラーマの宣言に軽い笑顔で言葉を返した。負ける気はないと、言葉の裏に含ませて。
そうして女王蜂は部屋を出ていった。