この街の太陽は沈まない99

「あ、そういや女王蜂よ。おまえ、ずっとお人好しだなとでも言いたげな顔でオレらのこと見てたけどよ」
「!」
まぁいい、と思いながら踵を返していた女王蜂は、ふと口にされた“ランサー”の声にその足を止めた。さすがに気を害したか、と振り返るも、“ランサー”はさして気にしてもいなさそうな表情で女王蜂を見ていた。
とことんこの男の思考回路は理解できないな、と考えながら、一応女王蜂は彼に向き直った。
「気を害したかね?だが事実だろう、何でも屋」
「別にオレらはお前さんを助けたくて手助けしてる訳じゃねぇんだぜ?あんたが利用されるのを見逃したら、ああいうやり方を許容したってことになるじゃねぇか。それが気に食わねぇだけだ」
“ランサー”は屋上にある柵に腰を預け、あきれたような表情で肩をすくめる。彼としてはどうやら、いちいちこちらがなぜだなんでだと疑問に思うことが鬱陶しいようだ。
だが、思ってしまうのは仕方あるまい。女王蜂も同じように肩をすくめた。
「それを許容したくない程度であれば、わざわざオレをここまで助けずとも情報をリークするだけでよかったんじゃあないのか?」
「全くだな。テメェ、助けられてる側なんだから少しは謙遜しろ、って気分だよ、オレは」
「意外といえばそれも意外だったな。貴様はもう少し短気な性格だと思っていたのだが」
“ランサー”は女王蜂の言葉に、ハッ、と人を食ったような笑みを浮かべる。俗に言うどや顔という奴だなこれは、と、女王蜂は思わず眉間を寄せた。
“ランサー”は女王蜂が顔をしかめたのに、さらに笑みを深くしたようだった。
「生憎、テメェみたいになんでもかんでもすぐ皮肉はいてきやがる野郎が身近にいるもんでね。その手のタイプの嫌み皮肉には慣れてんだ、残念だったな」
「ふん、成る程な」
「簡単な話だ。オレたちはテメェの力を信用してねぇし、CPAの力を危険視している、だから確実性をとった。それだけのことだ」
「………ほう?」
「お前さんだって分かるだろう?分かりやすい悪事を為す奴なんざ、可愛いもんだ。善人面して裏で悪事を働く奴のほうが、ずっと質が悪いし小賢しい。それが本気でいいことだとも信じているから手に負えねぇ」
“ランサー”はとん、と腰かけていた手すりから足を降って勢いをつけて飛び降り、女王蜂の隣をすり抜けて屋上を横切っていった。
彼がこのあと移動する方向の端で立ち止まり、首だけで振り返る。
「言ったろう?ChaFSSもUGFクリードも慎重に動かざるをえねぇ状況だと。だからより確実性を求めた、それだけのことだ。次お前が小野町に入ってきた時には、どちらにとってもテメェは敵だろうよ。例えお前がCPAを狙ってのものだとしてもな」
「………難儀なことだな、正義の組織という奴は」
「あ?」
「いやなに、同情しただけだ。道理は理解したよ」
「……そうかよ、ならさっさと出ていきな」
「最後にひとつ聞かせろ、万屋。その二者の間に貴様らが立ったのはなぜだ?お前たちにとっては、リスクを負ってまで関与しなければならない理由はないだろう」
女王蜂は最後に、“ランサー”を振り返ってそう問うた。どうでもいいといえばどうでもいいことだ。だがそれをはっきりさせないことには、このまま助けられっぱなし、というのはしゃくにさわる。
“ランサー”は意外そうに瞬いたあと、にや、と笑って人差し指と親指でわっかを作った。
「残念だが、うちの内情に関することなら金をとるぞ」
「………いくらかね」
「マジかよ、そんなに気になることか?」
「生憎とな」
「つっても“キャスター”の相場よく知らねぇからなァ…ま、ヒントだけくれてやる」
「ほう?」
“ランサー”はぴっ、と、親指で自分の顔を指差した。
「オレの顔」
「は?」
「言ったろ、ヒントだ。おら、オレの銃返せや、もう時間ねぇぞ。頭回して作戦たててやってんだから、遅れるんじゃねぇぞ」
「おい、」
“ランサー”はそれ以上女王蜂の疑問には答えず、するりとホルスターから自分の銃を取り返すと、止める間もなくさっさと屋上から飛び降りていった。
自分の顔とはどういう事だろう。
「…ま、いずれ分かることか」
女王蜂はすぐに考えることを止め、自分も屋上から飛び降りた。確かに“ランサー”の言うとおり、時間はそう残されていない。どうせこのあとはしばらく逃げの時間で仕事をしている暇はないのだ、その隙に考えることにしよう。
女王蜂はそう決めて、夜の闇へとその姿を溶け込ませていった。