「ねぇ――。私、此処を去るわ」
「どうして」
「大好きな人がいるの。ずっと、一緒にいたいって思える程の人が」
「この世界よりも?」
「ええ」
「それは人間?」
「ええ」
「貴女より先に死ぬ」
「ええ」
「合いの子は不幸に見舞われる」
「そうよ」
「なら、何故」
「一緒にいたいから。ただ、それだけよ」
「…………」
「わからないって顔してるわ」
「理解出来ない」
「いつかわかるわ、きっと。それが同種か人間か、私にはわからないけれど」
「必要ない」
「……ふふ」
「何を笑う?」
「永い年月を経て、解っていくものなのよ。私も昔は必要ないと思っていたわ」
「……そう」
「さて、そろそろ行こうかしら」
「貴女は犯罪者。それも大罪を犯す」
「……ええ」
「いくら貴女でも捕まれば終わり」
「ええ」
「それでも、行くの?」
「もちろんよ」
「扉の鍵を掛け忘れた」
「……え?」
「私は本を読んでいる」
「………………」
「よって私は誰が渡ろうと気付かない」
「……あ、りがとう…………」
「………………」
「ありがとう、ごめんなさい……ありがとう……!」



***

昔、人間が夜に明かりを点す前。
この世界には吸血鬼という存在が蔓延っていた。
彼らは人によく似ており、見目麗しかった。男女関係なく歩くだけで人々を魅了していく程に。

しかし、その本性は至極獰猛。魅力に捕われた人間を掠い、首筋に鋭利な牙を突き立て、溢れる鮮血を啜る。
人間は彼ら吸血鬼にとって補食の対象であった。
そのため扱いは酷く、血を吸われた人間は殺されてしまう。無惨にも、干からびた姿で発見された人間は多々いるのだ。


**