オリジナル
話題:自作小説
ある夜、一匹の猫を拾った。
その猫は薄汚くて、所々に痣や傷が出来ていた。おまけに裏路地に倒れていたせいかひどい臭いがした。
ソイツが俺を睨んだ、気がした。
―――……‥
「…黒猫、か」
セツさんに呼び出され、組織のアジト(というのか?)に行く途中。
ふと視界の中に入ったのは裏路地から少し離れた場所にある比較的綺麗な黒猫の死骸。
車に轢かれて死んだわけではなさそうなのが、見てとれる。
死ぬのなら、ああいう風に死にたいものだな、ぼんやりとそう思ったが頭を振りその考えを打ち消す。
この世界に生きていて原型を保てて死ぬことなど、一握り居れば良い方なのだから。
*****
「――それはクビ、というわけですか?」
いきなり言われた台詞に戸惑いを隠せず、思わずそう返した。
セツさんは苦笑しながら言う。
「そうじゃなくて。最近徹夜で仕事尽くしだっただろう?この間ので、大きな仕事は一つ終わったからね。
君に2週間の休暇を与えると言っているんだ」
なんと返せば良いか解らず突っ立っていると、ケイとショウが入ってきたので取り敢えず退室することにした。
A棟を出、B棟に足を踏み入れる。
真っ白のA棟の壁とは異なりクリーム色のB棟の壁、そして暫く歩くとC棟が見える。
扉を潜れば目に入る。打ちっぱなしのコンクリートの灰色の壁。
ひんやりとした薄暗い廊下。
黄ばんだ蛍光灯が点いては消え、点いては消えを繰り返す。
…いつ来ても気分の悪い場所だ。
「コーウッ!見ぃ付けたっ」
歩いていると、語尾に星が付くようなすっからかーんなテンションの声。
次いでどんっと背中に軽い衝撃が走る。
慣れてしまったせいか、はたまた鍛えているせいかはわからないが(どちらも有り得るのだが)ふらつくことはない。
「…アサギ、なんのようだ?」
そう尋ねると離れていく体温。
軽くなる背中。
へへ、と笑いながら彼は言う。
「コウ、久し振り!
聞いたよ、2週間の休暇を貰ったんだって?」
「もう、話が回っているのか。速いな」
どれだけ情報回るの早いんだ。
本人でさえ、つい先ほど聞いたばかりだというのに。
「そだ。]Xの話知ってる?」
「No.15のことか?」
急に話を変えたアサギはそう返した台詞に大きく頷く。
「…いや、知らないな。そもそも10番代の奴とは会ったこともない」
まあ、ペアやグループを組んだことのある奴以外知り得ないから仕方がないかもしれない。
「や、それがさぁ、セツさんのお気にがお宝持って脱走したらしいよ」
「ふーん…。で、その『お気に入り』が15なのか?」
「そうらしいよ。
セツさん必死になって捜してるって」
「…俺が会ったときはそんなようす微塵もなかったがな」
それだと俺に休暇を与えるどころではないだろう。
その前に何かに執着するセツさんなんて見たことがないのだが。
「…誰からその話を聞いた?」
「えーっと、シュカさん」
その瞬間脳裏に浮かんだのはいつも笑っている何を考えているかわからない上司。
そういうことか、と合点がいった。
「……嘘、だな」
「ええ?ほんとにシュカさんが言ったんだよ!?」
ぽつりと呟いた台詞に反応を返すアサギ。
なんだか勘違いさせたようだ。違う、と言って続ける。
「シュカさんはそんな噂になりそうな話好きだろ」
ついこの間もそんな感じでセツさんに罰されていた記憶がある。
「…懲りないね」
「懲りて反省されてもある意味恐ろしいがな」
あの人が反省している姿なぞ想像出来ないし、したくもない。
もし、シュカさんが反省なぞしていたら天地がひっくり返るくらい大変なことだ。
…我ながら酷い言いようだな。
「うーん、それらしい噂もあるんだけどなぁ」
眉間に皺を寄せ納得しようとしているのか、或は反論を試みているのか。
そんなアサギの肩越しに見つけた人物は俺と目が合うとにやりと目を細めた。
「よ、コウ。休暇だってな。羨ましい事だ」
「…仕事に飽きでも来たのか?シュウ」
返せばさらに口端を釣り上げる。
「まさか。それより2週間の休暇で身体鈍らせるんじゃねぇぞ」
「その心配はない。ジムには通うつもりだ」
「え、ジムに行くの?」
きょと、とアサギが尋ねてきたので頷くとそっか、と笑った。
…何か変な事言ったか?
「そういえばシュウこっちに何しに来たの?」
そういえば、シュウがC棟に来るなんて珍しい。
…かく言う俺もだが。
大体の奴はB棟に居るし、セツさんを始めシュカさんなど上層部の人や、上層部の人に特別気に入られた人はA棟に居る。
尤も、俺はそういう奴を見たことはないから、お気に入りがA棟にいるのも噂の一部かもしれない。
で、このC棟は”ナンバー”を貰っていない、つまり弱い奴や、見習いの奴。
或は”ナンバー”を剥奪された者だ。
だから衛生状態もあまり善くはない。
なんせ死んでも構わない奴ばかりがいる所なのだから。
「アサギ、今何時だと思ってんだ?」
「え?今日俺何かあったっけ?」
無かったと思うけど、と首を傾げるアサギ。
「…あ」
さっと顔から血の気が引いた。
「”何か”あったのか?」
「ど、どうしよ…」
顔を青くしてあわてふためくアサギにシュウはこれみよがしに溜息をついてみせる。
「ケイがキレるぜ?」
「ええ!?嘘!」
面白い程真っ青になったアサギをシュウはくく、と笑う。
「冗談だよ。でも早く行った方がいいと思うぜ?アイツ何気にキレると厄介だからな」
「え、あ、うん!」
じゃね、二人とも!!と言葉を残しバタバタと賑やかな音を立て、アサギは去った。
…あんなに大きな足音立てるとまた怒られると思うが。
「んじゃ、俺も行くな。良い休暇を。コウ」
「今度はミスしないようにな、シュウ」
互いに口元を歪めた。
後に残ったのは注意しないと聞き取れない程小さい2種類の足音。
そうして影は2つに別れる。
―――……‥
外灯が暗闇を照らし、また暗闇とは同化し切れないツヤのある袋の存在を誇示している。
”表”の人間のゴミの日のようだ。
少し街の中心から離れた此処は一本道を違えればあっという間に”裏”の世界へご招待、だ。
そういえば此処は行くとき黒猫が死んでいた場所だな。
ぼんやりとそんなことを考えながら煙草をくわえる。
ライターをポケットから取出し火を点け……?
カチッ カチッ カチッ
何度同じ動作をしても灯らない火。
「…チッ」
軽く舌打ちをし、火の灯らないライターをゴミ袋の集まっている所へ無造作に投げた。
「う゛っ」
…今、人の声がしたよな。
がさがさと音を立てゴミ袋を除けた。
黒髪の…女?
まるでゴミ袋に守られるように(そんな筈はないのだけれど)目を伏せた女が倒れている。
外灯がその女の血の気の失せた顔を照らしているせいで女が怪我をしているのが解る。
乾いた血で額に張り付いている髪。
「おい、」
声をかけるとそいつはゆっくりと面倒臭そうに――そう、本っ当に面倒臭そうに目を開けた。
この辺りでは見掛けることのない(少なくとも俺は見たことがない)漆黒の瞳。
黒髪黒眼の女か、珍しい。
「何してるんだ」
その問いに女は答えず片手をついて顔を顰めながら上半身を起こした。
灰色の薄汚れたビルのコンクリートの壁に背を預け息をつく。
――――沈黙
「…無視か」
声は冷静に、だが行動はそうではなかった。
俺は女の髪を掴み、顔を上げさせ視線を無理矢理交わせた。
ぬるり、とした感覚が手に纏わり付く。
同時に鮮やかに臭う血の臭い。
けれど女は顔を歪めただけ。
「此処で何があった」
手を離せば女は何事もなかったかのように目を伏せた。
10分、経っただろうか。
今だ答えずにいる。
「名は」
言うと女はうざったそうに瞳を向けてきた。
否、”向けてきた”と言うには少し語弊がある。どちらかと言えば”睨みつけてきた”に近い。
”未だ居たのか”とでも言うように。
「お前、まだ学生だろう。
学校はどうした」
――やはり答えは無い。
瞳は俺を睨んだまま。
「何処から来た」
かくいう俺も睨んでいるかもしれない。
――返答は尚、無い。
「…生きたいか」
漆黒の瞳に 光が 灯った、気がした。
だから俺は何も持っていない右手を差し出した。
「生きたいか」
揺らいだ瞳は一瞬で、ソレは(気のせいかもしれないが)縋るように俺を見て、ナいた。
「…イキタイ」
ある夜、一匹の黒猫を拾った。
その猫は薄汚くて、所々に痣や傷が出来ていて、おまけに出血もしていた。
それにに裏路地に倒れていたせいかひどい臭いがした。
ソイツが俺を睨んだ、気がした。
何にも反応しなかったが、たった1言には反応した。
それから、ナいた。
1言だけ。
――抱き上げた黒猫は他のよりは重い筈だが、思ったよりもずっと軽かった。
[続かない]
昔書いたやつ。
そして続かない。今のサイトにはジャンルが違うから上げられないからここでしようかな、なんて。