今日は夕刻より雨が降る、そう言われて早々と店を終いにしようと思い帰り道に降られた。商売道具を背負い宿の軒下を借りていれば誰かが走ってくる気配がし、そちらを見やれば見た顔だった。
「弥勒殿、振られましたか」「‥‥」「私もです、また主殿に叱られてしまいます」「そう、だな」
主というのは九角のことだ、知られてはならないと女は彼をそう呼ぶ。何故此処にいるのかは知らないが隣にいる女も商売道具を所持している、商売帰りなのだろう華奢な身体に似合わない木箱を大切そうに抱えていた。
「弥勒殿?」「宿に泊まるか」「通り雨でしょう、すぐに止みます」「そうか」
空を見て憂鬱そうな表情を見せ、茶屋に入ればよかったと笑ってみせた。
「あ、」「‥キミも降られたの?」「そちらは?」
俺を見上げて居心地が悪そうに男を見た。ただの町人にこんな表情も見せるのかと驚いたが動けないのは雨のせいだと言って俯いてしまった。
「これ、使って。俺は仲間が来るの待つから」「ありがとう、借りは返す」「いや、いいんだ。早く行け、仲間が来る」「行きましょう、‥ありがとう、龍斗」
素直に受け取った番傘、すぐに開いて俺の腕を取り一歩踏み出した。
「あの男は」「弟です、我々の--主殿の敵ですが」「追っ手は来ないのか?」「あの子はそういうのを嫌います。隣に居るのが弥勒殿で良かった」
身長差に腕が疲れてしまうだろうと傘を受け取り--少しだけ失った腕が惜しく思えた。腕が手指があれば、その手に触れる事が出来るのに。