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仁王

「弟の試合を観に来ただけだよ」「おとうと?」「そ。可愛い弟の試合‥いや、試合あるかな」「‥姉ちゃん?」「あ!千里、試合はどきゃん?」「今日はなかよ、姉ちゃん来るしっとればオーダー頼んだばい」「よかよ、また来ればいい話たいね」懐かしくもあやふやな方言は私は中学から上京して寮に入っていたからだ。「千里はまた大きくなった、会えてうれしか」「俺も、姉ちゃん変わらんとうれしか」

仁王

「センセ、この問題なんじゃが」「‥仁王くんが宿題を教わりに来た」「お、分かっとるの今日はこれじゃ」「しかも苦手教科教わりに来た」「まーくんは真面目ちゃんじゃけ」「はいはい、どれ?」真面目に学業に励もうとする生徒のお願いを断るなんて出来なくて、プリントを手にして現れる仁王くんに椅子を出した。カリカリとペンを走らせながら時々躓いて私を見上げる、その仕草が他の教師の噂に聞く“仁王くん”とは思えなくて、つい優しくしてしまうのだ。「問三、これは“ける”でよか?」「うん、‥仁王くん授業真面目に受ければそれなりに上位にいるんじゃないの?」「サボるのも青春じゃ」「古典の先生嘆いてたよ‥テスト出来るのに授業態度宜しくないって」「眠くなるような授業するんじゃもん」「私の授業も時々寝てるよね」「あ、知っとった?それなのに注意せんとはセンセもなかなか悪じゃのぅ」「次から注意することにします」「厳しいのぅ」「‥顔色、良くないから」「えっ?」「顔色良くないから部活後のバイトで疲れてるのかなぁって‥仁王くん、六時で帰るでしょう?他の先生にバレないようにバイトしてるみたいだし」「なん、知って」「一年
生の中頃からってのも知ってる、でも誰にも言わないから大丈夫だよ。ちなみにバレたら‥私立だから危ういかもしれないね、そんな時の為に」「許可届け?今更じゃの」「日付見なさいよ、‥キミはコレに名前を書くだけで停学も退学も免れる」「脅し?」「まさか、‥まあ学校の印鑑が押されてる無記名の許可書なんてそうそう手に入らないんだけどねぇ」「センセ、結婚して!」「バカ言ってないでさっさと名前書いて宿題終わらせて部活に行きなさい!手を握らない!」
時は流れて卒業式、証書を握り締めた仁王くんはまたあの椅子に座っている。もうプリントを広げることもないのかと思うと少しだけ寂しくなった。「‥センセ、本当に感謝しとる、アレが無かったら俺は今頃この場に立てんかった」「さあ?なんのことかしら」「忘れっぽいのぅ、まーくん悲しいぜよ」「‥本当は大変だったんだからね、もう二度とあの手は使わないことにしました」「まーくん、愛されとるのぅ」「はいはい。精々刺されない程度に大学でも可愛い彼女でもお作りあそばせ」「‥迎えに来ても、よか?」「私より年収多かったら考えてあげるわ」「まじ?」「あ、でも安定した仕事限定、あとは--」確か、なんやかんやと条件を付けて仁王くんを悩ませた、でもあの時の彼は一瞬だけ本気の表情を見せてまたケロリといつもの仁王くんに戻って卒業したのだ。あんな約束すぐに忘れると思っていたのに--五年後の夏、彼が放課後の立海を訪れるなんて誰が想像しただろう。両手いっぱいの薔薇の花束を抱えて、採点をしていた私はざわつく職員室を気にも止めず作業をしていたのだ。仕方ない、見合いでもしようかと思っていた私に彼の求愛をはねつける理
由なんてなかったのだから。
「センセ、結婚して!」「‥ほんと、キミは何するか想像もつかないわねぇ」

仁王

「ハル、チビと何してた」「仁王ちゃん!キミの弟くんまで私をチビと呼ぶんだけど!」「言い訳は無用じゃ、ハルもその手を離せ」「嫌じゃと、言ったらどうするつもりかのぅ」「チビ、誰が主か分かっとる?」「ううっ‥仁王ちゃん助けて、はるくん離して」「い や じゃ」「ハルにはまだチビはやらん」「仁王ちゃ‥」「ハル、ヘタレ治してから出直してきんしゃい。ほら行くよチビ」「はーい!」「ちょっ、‥‥やれやれ依存しとるのはどっちかのぅ」

「先生、この書類は」「練習試合の件ね。印鑑押して後で届けます」「いますぐには無理ですか?」「え?ほら副顧問だから部活に顔を出すつもりなんだけど‥急ぎ?」「‥‥いえ、大丈夫です」昨年教師になったばかりで経験もあって立海高等部のテニス部副顧問になったのはいいが、目の前の二年生(しかも副担任のクラスの生徒)はなかなか厳しい目をしていた。初めての年は忙しく楽しんでなんかいられなかった、今年は少しだけ余裕をもって生徒と話が出来るのに--参謀と呼ばれる柳くんに懐かれてからは何かと書類だの質問だのと私を訪ねてくる。頼られて悪い気はしない、しかし本当に柳くんは高校生なのかと思うほどに優秀だった。「試合にも来るのですか?」「邪魔かしら?」「そんなことはありません」「母校の、しかもテニス部の副顧問になれて嬉しいんだからあまり邪険にしないでよ。指導はしなくてもキミたちは優秀だけどねぇ」練習を見るくらいいいじゃないかと仕方がなく書類にポンと印鑑を押して渡す、柳くんは次にノートと教科書を広げた。長くなると直感して彼に椅子を勧めれば一礼をして腰を下ろした。「この証明は、こちらの公式
よりももっとシンプルに出来ると思います」「ノンノン、与えられた全ての点と--ここで重要なのはこの公式を使う為の問題だから、これでいいんだよ。まあセンターや模試ではマークシートだから求め方なんてなんでもいいんだけど、学校のテストでは証明の手順として使って頂きたいなぁ」「減点対象になりますか」「まあ‥答えが合っていたところで△印で二点マイナスくらい?学校のテストならね」他にもあれこれと質問してくる柳くんに使うのは手の空いている--まるで時間を見計らっているかのように--時だった。二年生担当用のミニ職員室にはいつの間にか柳くん用の椅子が用意されていて、他の教師にも質問に来るが特に数学に難癖をつけに来ていた。「ありがとうございました、失礼します」「はい、また授業でね」

仁王

仁王ちゃんちに遊びに行ったら「いま可愛い弟おるけぇ」と言ってたからリビングに顔を出したらなんかデカいのがソファでだらけてた。「仁王ちゃんの弟くん?」「‥おん」「チビ、そっちやない、あー雅昭おらん?」「おらん」仁王ちゃんは私をチビって呼ぶ、可愛い愛称じゃけぇなんて言うから仁王ちゃんにならいいかなと思った。可愛らしい弟くんは不在のようでデカい方の弟くんもなかなか可愛らしいと思ったんだけどな。「アキおらんのか、チビに紹介したかったんだけどな」「仁王ちゃん、こちらの大きい弟くんは?」「ハルはよか、手癖が悪い」「失礼な姉貴じゃの」「はるくん?」「まさはる、はい名前知ったからしまいじゃチビ」「仁王ちゃんちは名前に季節の音が入ってるんだね!可愛いね!」「音だけじゃ、ナツ呼んだらしばくぞ」「呼ばないよ!ミヤカちゃん!」「チビは仁王で充分じゃ」「ヒドい!でも好き!」仁王雅華(ミヤカ)ちゃんは私にはいつもこんな感じだからめげないけど、弟くんはギョッとしていた。「お前さん、姉貴とよく連んでられるのぅ」「仁王ちゃん優しいよ?」「ほら、部屋行くよ」「はぁい」末っ子だから仁王ちゃんにく
っ付いて歩くのが丁度良い、でもそんな末っ子属性が後々まさはるくんの興味を退いてしまうとはつゆ知らず。仁王姉弟はいじめっこだった。
(愛のあるいじめとはまだ知らない)
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