今日も私はいつもの書店に入るとあの人を探して辺りを見回していく。
カウンターを見るとあの人はいなくて少し残念な気分になったが、気分をまぎらわせようと新刊を探すことにした。

(うわ、散らかってるなあ)

小説の新刊を置いてるコーナーに足を運ぶと、荒らされたのか並び方が少しばらばらになっていて、私はいてもたってもいられずに本を直しにかかっていく。
それと同時に私の横に人影が現れて、同じように感じてくれたのか散らばっている本を片付け始める。
ふと隣の人が誰だか気になっておそるおそる見てみると、あの人だったので、思わず手に取った本を落としてしまいそうになってしまった。

「あら、貴女はホンマメグミさん…。だったわよね?」

私の名前を覚えられていることに驚いて、私はしばらくの間まったく動けないでいた。
そして、胸の鼓動が加速していくことに気づいて、思わず俯いてしまう。

「私のこと覚えていたんですか?」

恥ずかしさのあまり逃げ出したくなるのをぐっと堪えて、わずかに残っている勇気を振り絞り、彼女の瞳を見つめながら問いかける。

「まあ、そうね。本の注文であそこまで緊張しているコを見るのは初めてだったかしらね?」

からからと笑いながら答えてくる彼女に赤面しつつも、私は片付けを手伝っていく。
本を手に取ろうとすると、彼女が静止してきてばつの悪そうな表情になっていた。

「貴女は手伝わなくてもいいわよ。気持ちだけありがたく受け取っておくわ。これは私達の仕事ですもの」
「でも、貴女は私服じゃないですか」

彼女はいつも見かける制服姿とは違って、ブラウスにロングスカートと少し大人びた格好をしている。
さすがに仕事中ではないだろうと突っ込んでみたら、彼女は苦笑いを浮かべてしまった。

「そうね。よくみんなからも言われちゃうわね。『チーフも私達の仕事を取らないでください』って」

何かを思い出したかのようにクスッと微笑みながら、彼女はてきぱきと手を動かしていく。

「やっぱり本が好きなのよね。だから貴女みたいに本を愛してくれる人は好きよ」

私は熱い眼差しで本の山を相手していく彼女に吸い込まれるように見入ってしまい、蕩けるような感覚に陥ってしまった。

「どうしたの?顔が赤いわよ?」

どうも私の様子がおかしいらしく、彼女が心配そうに顔を覗き込んでくる。
間近に迫ってきた彼女に驚いて、心臓の鼓動が一瞬大きくなってしまった。

「な、なんでもありません!
それより、オフなのにどうしてここにいるんですか?」

慌てていることをごまかすように彼女に問いかけると、彼女はきょとんとしながらも楽しそうな口調で答えてくれる。

「あら、今の私はお客様よ。ここにいちゃ悪い?」

不思議といたずらっ子のような笑顔になっているのが印象的で、今まで知らなかった表情に胸の奥から熱くなっていくのがなんとなく心地よい。
そして、彼女が手に取った一冊の本を見て、思わず声を上げてしまった。

「それ、霧峰かすみ先生の最新刊ですよね?」
「まあ、そうだけど…。…って、ひょっとして貴女もファンなの?」
「はい!」

彼女の質問に思い切り頷いていると、彼女は興味津々といった様子で私を見つめてくる。
霧峰かすみという人は中高生向けの小説から小さな子供向けの絵本までと幅広い活躍をしていて、今売り出し中の作家だ。

「彼女の本で好きなものは?」

どうやら同じ好きな作家なようで、彼女の瞳は好奇心で満ち溢れていた。

「そうですね、小説なら『美しいホワイトトルネードの作り方』や『12の大魔王とチョコレートの姫君』、絵本なら『弱虫シュラゴンの大冒険』が好きです」

同じ趣味を持っている人を見つけたせいか、いつもよりも饒舌な自分がいて、自分でも驚いている。
普段は無口なのに一方的に話をしているような気がして、思わず口をつぐんでしまった。

「すみません。同じ作家さんが好きだと思って、つい…」

私は彼女が呆れていないか心配になってうなだれてしまう。
しかし、彼女はというと先ほどよりもさらに瞳を輝かせてきていた。

「そんなことないわ。私も同じ作家好きを見つけられて嬉しいもの。
それで『虹色の滝を探して』や『芋掘りシュライム収穫記』はどうかしら?」
「…はい!それも大好きです!
なかでも、主人公が虹色の滝を………」

彼女とのおしゃべりは楽しくて、いつの間にか時間は刻々と過ぎていった。



「ついつい話し込んでしまったわね」

どのくらい話したかは分からなかったけれど、楽しい時間はあっという間に過ぎていき、彼女のアラームの音でようやく我に返る。

「ごめんなさいね。貴女とのおしゃべりは楽しかったけど、今日はここまでみたいね」

私も彼女も名残惜しそうにしていて、どれだけ楽しい時間を過ごしていたのか今更ながらに思い知らされる。

「また会えますか?」

気がつけば思いもよらないことを口にしていて、私はほんのりと頬を染めてしまった。
彼女はまるでその言葉を待ってかのように穏やかに微笑んでくる。

「ええ、また会いましょう」

そう言って手を振ってきて、それが私と彼女の別れる合図となる。
なんとなく振り返ると彼女の姿は見えなくなっていて、また会えることを祈りながら胸の高鳴りを抑えるように手を当てていた。



に書いたものの続きになります



一応、ここで挙げた本のタイトルはネタまみれになってますので、元ネタが分かった方は笑ってやってください