「はい、マスター。あーん」
「ちょっと!何ひったくっているのよ!」
あれからメイコの部屋へと向かい、看病という名の談笑をしながらリンゴを切り分けてお皿に並べていると、メイコがいきなりお皿を奪い取り、リンゴを私に突き付けてきた。
こうやって悪戯っぽい笑みを浮かべるメイコが可愛らしいと思うのは惚れてしまった弱みだろうか?
「だいたい、こういう時は立場が逆でしょう?だから…」
「マスター、食べてください」
皆まで言わせず、満面の笑顔で差し出され、私は言葉が詰まってしまう。
メイコに真っ直ぐな眼差しで見つめられ、なんとなく気恥ずかしい。
しかし、やっぱりメイコの優しさが嬉しくて、フォークに刺さったリンゴに一口かじりついていた。
「マスター、美味しかったですか?」
「ええ、ごちそうさま」
そう言ってもう一口とリンゴにかじりつこうとすると、メイコがフォークを引っ込めてしまう。
「…どうしたのよメイコ?」
てっきり食べさせてもらえるものだと訝しげに視線を送っていると、メイコは私にフォークの柄の方を差し出してくる。
…実に楽しそうな笑顔で。
「マスター、食べさせてください」
小悪魔のような笑みを浮かべて迫ってくるメイコに圧されて、私はついついフォークを受け取ってしまう。
豪快な性格とは裏腹に、小さく開いているメイコの口が可愛らしく、自分の表情が真っ赤になっているのが容易に想像出来た。
「ほら、これでいい?」
半分ほど残ったリンゴをメイコに差し出すと、メイコは嬉しそうに頬張ってくれる。
「はい!マスターの味がしてとっても美味しいです!」
言われて初めて気が付いて、私は顔から火が出る思いで俯いてしまった。
なんとなく恨みがましくメイコを睨むと、メイコは不敵な笑みでニヤニヤとしている。
「相変わらずマスターのこういうとこが可愛いです」
「何言ってんのよ。メイコだって、その…、可愛いじゃない」
「マスター…」
不意に漏らした一言で、不思議と沈黙が訪れて私達は思わず視線を反らしてしまった。
沈黙が長引いてお互い意識してしまい、このままでは精神衛生上良くなさそうだ。
この状態をどうにかしようとあれこれ考えるが、頭の中が真っ白くなったように何も思い浮かばない。
このまま永い時が過ぎていきそうな気がしたが、この状況を打破してきたのはメイコの方だった。
メイコが私にもたれ掛かったと思えば、先ほどの様子とはうってかわって沈み込んだ表情となり、私の胸に顔を埋もらせてくる。
「メイコ…?」
「…マスター、わたしは正しかったんでしょうか?」
不意に出てきたメイコの言葉に驚いて様子を見れば、いつもは強気なメイコが今は震えてしまっていた。
…もしかして泣いているのだろうか?
「ミクのウイルスを勝手に引き受けて、マスターを悲しませて…。
他にいい方法があったかもしれないのに…」
これ以上喋らずに泣き声を上げていくメイコを抱き締めて、好きなだけ泣かせていく。
やがて嗚咽も止んでいき、落ち着いたところで私はメイコを離していった。
「落ち着いた?」
「…はい。すいません、マスターに愚痴を吐いてしまって」
こんな弱々しいメイコを見たのは久しぶりだ。
やっぱり気丈に振る舞っていても、あの事態を乗り切るのに相当な気力を使ってしまったのだろう。そしてそれを吐き出したかったのだろう。
私は再びメイコを力一杯抱き締めて、思いつく限りの言葉を口にしていた。
「メイコはよく頑張ってくれたわ。ミクもルカも私も感謝している。
何よりもメイコは私達を護ってくれた。それだけで十分よ」
なんだか言ってて恥ずかしくなってしまうようなセリフだが、不思議とメイコを前に落ち着けて話せる自分がいる。
「それにね、メイコがこうして私に愚痴を吐いてくれたことが嬉しいの。
私達はちゃんとした家族なんだって思えて…ね?」
「…マスター」
せっかく落ち着いたと思ったら、再びメイコが泣き出してしまい、私は何度でもとメイコを抱き締めていく。
今度はそっと優しく包み込むように抱き締めて、私達はお互いの温もりを確かめ合っていた。
やがて、私達は視線を真っ直ぐに捉えると、吸い込まれるように唇を重ね合う。
私達に写し出された影は溶け合うようにひとつになっていた。
どれだけの時間が過ぎたのか、私達はようやく身を離すと見つめ合い、自然と頬が緩んでいく。
「マスターの唇が柔らかくて、ついつい時間が過ぎるのを忘れてしまいました」
ようやくいつものメイコが帰ってきたと私はメイコを愛しく感じていた。
「まったく…、もう少ししおらしくしとけばいいのに」
私もまたいつもの呆れた口調でメイコを見やり、苦笑いを浮かべてしまう。
「さてと、とりあえずリンクがもったいないから食べるけど、メイコはどうする?」
私の問いかけに悪戯っぽい笑みを浮かべ、予想通りの返答をしてきた。
「もちろん、マスターが食べさせてくれるならいくらでも食べてみせますよ?」
「はいはい。分かったからそうやって雛のように口を開けるのを止めなさい」
そう言って私はメイコの口にリンゴを放り込んでいく。
ちなみに夕食時になるまで二人でずっとリンゴの食べさせ合いをしていたのは内緒の話。
今までシリアス(多分)でいちゃいちゃさせてなかった反動がやってきました
うん、久しぶりにマスターさんとメイコをいちゃいちゃさせたのは楽しかった!