特に何事もなく仕事も終わり、私は家路へとついていく。
途中でお土産にと顔馴染みの八百屋に寄って、長ネギを買う。
ここのネギがミクの大好物で、どんなに機嫌が悪くても一発で直すほどなのだ。
とても軽い足取りで家に帰ると、なんだか家の中が慌ただしい。
「ただいま…?」
不思議に思いながら玄関を開けると、メイコが血相を変えて飛び出してきた。
「マスター大変です!ミクが急によろけたかと思ったら、すごい熱で!」
メイコの言葉を聞くなり、頭の中に今朝のニュースが流れてきて、私は靴を掃き捨てると慌ててリビングに向かっていく。
「ミク!」
部屋に入るとミクはソファーでぐったりと力無く横たわっており、その様子はとても弱々しく、いつもの元気溢れた姿からはかけ離れていて思わずネギの入った買い物袋を落としてしまった。
その重々しい音に気付いたのか、先ほどからミクを見守っていたルカがゆっくりと振り返る。
「…マスター、ミクさんが」
ルカはずっとミクに付き添っていたようで、今にも泣き出しそうな表情を懸命に堪えていた。
私は何も言わずにルカをそっと抱き寄せると、落ち着かせるように頭を優しく撫でていく。
すると、今まで溜まっていたものを吐き出すようにルカは泣き出してしまった。
「ごめんねルカ。私がしっかりしてなかったからミクをこんな目に遭わせて」
私の言葉にルカはぶんぶんと首を振り、精一杯の声を私にぶつけてくる。
「…マスターは悪くありません。私もミクさんの変化に気付かなかったんです」
そう言って再びミクの方に向き直り、ルカはギュッとミクの掌を握り締めていた。
その時、ミクの瞳が微かに開き、ゆっくりと身体を起こしてくる。
「ミク!寝てなさい!」
思わず叱るように声を荒げてしまったが、ミクは気付いた様子もなく、弱々しく微笑んできた。
「………おかえりなさいマスター。わたしは平気ですから…」
ミクはあくまで気丈に振る舞っているつもりだろうが、その表情はとても痛々しくて見ていられない。
私はミクを寝かしつけると、子供をあやすみたいに頭をぽんぽんとたたく。
「何言ってんのよ。今のうちにゆっくりと休んでおきなさい。
すぐに診てもらうために出掛けるからね」
「………ごめんなさい、マスター」「謝るのは私の方よ。とにかく身体を治すことを優先させなさい」
私の言葉に素直に従って、ミクは瞳を閉じると静かに寝息を立てていく。
あの時、診てもらえばこんなことにならなかったのにと悔やんでも悔やみきれないが、今は行動を起こすのが先だ。
「メイコ、ルカ、ミクをお願い。私は車を出してくるから」
『…はい!』
メイコとルカの返事は力強く、私はすぐに玄関を飛び出して車を玄関前に運んでくる。
ほどなくしてメイコとルカがミクを抱え上げてきて、丁寧に後部座席に横たわらせた。
戸締まりをしたのを確認して、全員車に乗り込んだのを確認すると、ゆっくりとアクセルを踏み込んでいく。
「そういえばメイコ。メイコは大丈夫なの?」
ふとあることに気が付いて、私は助手席に座っているメイコに問いかけた。
まだはっきりと確定したわけではないが、ウイルスによるものならメイコにも感染している可能性はある。
「今のところ大丈夫です。それより何処に向かっているんですか?」
「一応、昔馴染みのとこ。腕に問題ないから安心して」
メイコの平気そうな表情にほっとして、思わず一息吐いていた。
「そうですか。それならミクもすぐ良くなるかもしれませんね」
しかし、横目でメイコの笑顔が視界に入った途端に、私の胸の内で暗雲が立ち込めるようにざわめきが通り過ぎていくのを自覚してしまう。
「………マスター?」
私の怪訝そうに表情を歪めていたことに気付いたのか、メイコが声を落として問いかけてきた。
「…なんでもないわ。早くミクが良くなるといいわね」
メイコに心配かけないように、この胸騒ぎが気のせいであることを言い聞かせて、私は運転に集中する。
これ以上悪くならないことを願いながら、ミクが早く良くなることを祈りながら私は心の中のもやもやを振り払うかのように車を走らせていた。
次回予告
昔馴染みのところに着いた時、すでにミクの具合は良くなっていた。
「みなさんどうしたんですか?」
私達は思わず安堵の表情を浮かべていた。しかし、すぐにそれは崩れさってしまう。
「ルカさんは今日も可愛いです。食べちゃいたいです」
なぜか、ミクの具合が良くなったかわりに酔っ払っていた。
酒癖の悪いミクに全員に戦慄が走る。
果たして私達はミクの暴走を止められるのか?
嘘です(AA略
すいません嘘予告書きたかっただけです