「おはよーキサラギちゃん。…って思ったより元気ないね」

通学中にノダと会うなりこんなことを言われて、キサラギは慌てて頬を叩いて元気だということを表していく。

「そんなことないですよ。ただ、昨日は緊張してあまり眠れなかっただけです」
「大丈夫?キサラギちゃん、今日は無理しないで休んでたら?」

ノダは心配して声を掛けるが、キサラギは弱々しくも笑みを浮かべて首を横に振る。

「大丈夫ですよ。とりあえず、休み時間とか使って休ませてもらいますから」
「だったらいいけど…。キサラギちゃん、無理しないでね?」

不安そうに見つめてくるノダを安心させるように、キサラギは改めて笑顔で応えると次の授業に備えて机の中に手を伸ばしていった。



結局のところ、キサラギは授業中は特に眠ることもなく、昼休みに少し休んだだけで無事に過ごすことが出来た。
休み時間にはノダと一緒におしゃべりしながら、放課後にそれぞれチョコレートを渡してしまおうとやる気に満ちた表情で語り合っていた。
そして、迎えた帰りのホームルームの時間で気が抜けてしまったのか、キサラギはうとうとと舟を漕いでしまう。
キサラギを照らし出す傾き始めた日差しの暖かさもあってか、襲い来る眠気に意識を奪われてしまうまで大して時間はかからなかった。



「………ラギ殿、キサラギ殿」

うっすらとした意識の中、何処からか聞こえてくるキョージュとおぼしき声に気がついて、キサラギはゆっくりと顔を上げていく。
辺りを見れば、日が暮れつつある教室でキョージュが心配そうに顔を覗き込んでいる。
どうやら二人きりであることに気がついて、慌ててキサラギは起き上がった。

「お、おはようございます!」
「…キサラギ殿、今は夕方だ」

キサラギのあまりの慌てぶりにキョージュは微笑んできて、反対にキサラギは恥ずかしさのあまり身を縮みこませてしまう。

「あの、皆さんはどうしたんですか?」

とりあえず落ち着こうとその場にいないノダ達の聞くと、キョージュはふっと窓の外を見つめていく。

「ナミコ殿達なら、あそこで話をしているが?」

言われて外を見やると、ちょうどノダがいつもの調子でお菓子…もちろん、中身はチョコレートであるが…を分けているところだった。

「本来なら教室で待とうということだったのだが、ノダ殿が渡したいものがあるとナミコ殿達を連れていってしまったのだ」

おそらくノダの気遣いであろうことに感謝しつつ、キサラギはノダに教えてもらったびっくりチョコレートを取り出していく。

「キョージュさん、ちょうどノダちゃんに教えてもらったお菓子があるんです。一緒に食べませんか?」
「うむ。キサラギ殿、戴こう」

そう言ってキサラギからお菓子を受け取ると、早速口の中に運んでいった。
キョージュがチョコレートを口に含んでいる最中、キサラギは緊張しながら見つめていく。
緊張のせいか、やけに心臓の鼓動が速く鳴り響いてしまっているのを自覚して、事の成り行きをじっと見守っていた。

「キサラギ殿、これはチョコレートか?」

やがてチョコレートを食べ終えたのか、キョージュはゆっくりと顔を上げて問いかけてくる。

「は、はい。今日はバレンタインじゃないですか。だから、その、キョージュさんを驚かせようと思って…」

ここで初めてキョージュの表情に変化が訪れる。今まで表情が微動だにしなかっただけに、キサラギはきょとんと目を瞬かせてしまった。

「あの…、キョージュさん?」
「…ああ、すまない。キサラギ殿からチョコレートをもらえるとは思っていなかったから驚いてしまった」

穏やかな笑顔で見つめてくるキョージュに、キサラギの心臓が跳ね上がるように脈打っていき、顔を紅潮させてまったく動けなくなってしまう。

「ありがとう、キサラギ殿。キサラギ殿にチョコレートをもらえてとても嬉しい」
「キョージュさん…」


「なんだこれ!?」

二人がじっと見つめ合おうかとしたところで、学園中に響くのではないかと思うくらい大きな声が聞こえてきた。
慌てて外を見やるとノダのチョコレートに驚いたトモカネが叫んでいたところだった。

「またおまえは手の込んだいたずらを仕込んで…」

ナミコが呆れたようにノダの頭をぐりぐりと弄っていたが、当の本人は嬉しそうで「ごめんごめん」と謝っている。

「ま、ありがとな」

とりわけ、ナミコはまんざらでもなさそうに礼を言ってきて一息吐いていた。

「どうやらあっちも盛り上がっているようだな」
「そうみたいですね」

二人で顔を見合わせて、お互いに笑い合うとキョージュがキサラギの手をそっと握ってくる。

「キョージュさん…?」
「行こうかキサラギ殿、皆も待っている」

そう言うと、キョージュはキサラギと繋いだ手にキュッと力を込めてきた。

「はい」

キサラギが笑顔で応えると、二人は外にいる三人に追い付こうと歩き出す。
お互いに繋いだ手の温もりを感じながら、二人は和やかな雰囲気に包まれている。

「キサラギ殿、今度礼をさせて欲しい」

廊下を歩いていると、キョージュが思い出したかのように話を切り出してきた。
それがホワイトデーなのか、いつのことなのか指し示しているのは分からなかったけれど、キサラギは満面の笑みを浮かべてそっと頷いていく。

「はい、今度楽しみにしてますね」

キョージュの表情からは読み取れないけど、なんとなく嬉しそうなことを感じ取ってキサラギの心音がリズム良く鳴っていくのを自覚してしまう。
このまま、楽しい日々が続くことを期待しながら、二人は下駄箱から靴を取り出していった。









バレンタインもかなり過ぎてしまいましたが、GA二つ目をお届けします



遅れてしまって大変申し訳ないです



とりあえず、びっくりチョコレートという単語が思い浮かんだ時に、真っ先に出てきたのがこの話だったりします



…久しぶりの寝落ちUPでした