花見の季節ということで、私達はいつもの穴場に来ている。満開の桜の下、ミクとルカがじゃれ合っている。
「ルカさんルカさん。見てください、こうしたらルカさんとおそろいです!」
ミクは大量の桜の花びらを手にすると自分の髪に振り撒いていく。ぽつぽつと桜の花びらがミクの髪にくっついて、緑と桜色のコントラストが醸し出されていた。
「…ミクさんの髪、とても綺麗です」
ルカはうっとりとしながらミクの髪をさらさらと透き通していく。そんな二人を温かく見守りながら、私とメイコは並々と注がれたお酒に口を付けていた。
「ほんと、初々しい限りね」
「マスターはああいうのが好きなんですか?」
メイコは不思議そうな表情で覗き込んでから、くいっと残っていたお酒を飲み干した。その仕草が妙に色気を醸し出していて、ついつい見とれてしまう。
そして、それにつられて私もお酒を喉に流し込んでいった。お酒独特の香りがふわっと溢れ出し、鼻孔をくすぐる。
「そういうわけじゃないけれど、メイコとお酒を飲むのはすごく楽しいしね」
落ち着いた口調でそう答えて、お酒をまた一口。やはり、メイコと飲むお酒の味は格別だ。
すると、メイコが身を寄せてきてお酒を注いでくれる。すでにメイコのコップにも並々とお酒が注がれており、私達は軽く乾杯をした。
「そうですよね!わたしもマスターと飲むお酒が大好きです!」
こうもはっきりと言われては照れくさくてしょうがない。私はごまかすようにメイコの髪を溶かしていった。
短く切り揃えてしまっているため、何度も何度もメイコの髪に指を通していく。メイコはくすぐったそうにしていたけど、特に何も言わずに身を任せたままだ。
「マスター、メイコさん。見てください!ルカさんがしてくれたんですよ!」
突然ミクからの声に驚いて、声のした方を見やる。そちらを見れば、ミクの髪に綺麗にちりばめられた桜の花びらを見せてきた。
なるほど、緑に桃の斑模様が映えてとても可愛らしい。
「かわいいじゃない。わたしがルカなら思わず食べてしまうわね」
「ミクに変なこと言わない」
反射的にメイコのほっぺたをつねって、横目でじっと見ていく。メイコは笑って誤魔化していた。
そんな和やかな雰囲気の中、私達の間に桜の花びらが舞い降りてくる。上の方を見やれば、ルカが実に楽しそうに桜の花びらを降り注がせてきた。
「…これでマスターもメイコさんもおそろいです」
私達はお互いに顔を見合わせて、じっとそれぞれの頭を見てみる。メイコの髪に桜の花びらが綺麗にちりばめられているわけではなく、山盛りに乗っかっている姿がなんだか可笑しい。
私も似たようなことになっているのだろう。メイコがこちらを見るなり肩を震わせて堪えていた。
「何がおかしいのよ」
私も笑うのを堪えていたから人のことは言えないけれど、ついつい声に出してしまう。
「だってマスターの頭がすごいことになっているから」
「メイコだってすごいことになっているわよ」
私達は互いに堪えきれなくなり、遂には声に出して笑ってしまった。
ルカを見やれば、顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。どうやら、思い描いていたのと違っていたらしい。
「…すみません」
「何言ってんのよルカ。わたしもマスターも気に入っているんだから気にすることなんてないわ」
メイコはからからと笑ってルカを慰める。なまじ迷惑をかけたと思っていたのだろうか、ルカはぱあっと表情を輝かせていた。
すっかり和んだ雰囲気の中、私はお酒に口を付けていく。ふと視線を落とすと、コップの中に桜の花びらが二、三枚浮かんでいた。ルカの撒いた花びらが情景を醸し出して心が躍るようだ。
「そうね。気にすることなんてないわね。ほら、お酒も美味しくなったことだし、ルカも飲んでみる?」
楽しくなってきたところで、すかさずコップを差し出していく。ルカが受け取ったところで、ミクが不満そうに叫んでいた。
「あーっ、ルカさんずるいです!
マスター、わたしにも何か飲み物ください!」
さっきまでの微笑ましい雰囲気がうってかわって騒がしいものになる。私は野菜ジュースでミクを宥めながら周りを見渡した。
メイコは上機嫌でルカにお酒を注ぎ、ミクはルカにべったりとくっついて乾杯を交わしていく。ルカはというと駆けつけ三杯というふうにくいっとお酒を流し込んでいた。
「マスター、マスターも見てないで一緒に飲みましょうよ!」
「そうですよマスター。美味しいごはんもたくさんあります!」
完全に花より団子となったようで、私は苦笑いを浮かべたあとでメイコの隣に座り込んだ。
「…マスター、お花見って楽しいですね」
「そうね」
まったくもってその通りだ。桜色に染まった賑やかな空間を前にして、つくづくそんなことを考える。私は残ったお酒を飲み干して、ルカの前に差し出した。
「さあ、今日はとことん付き合うわよ。メイコ、ルカ」
「マスター。わたし、わたしを忘れないでください!」
ミクがぴょんこぴょんこと飛び跳ねるような仕草で文句を言ってくると、自然と笑い声が上がってきた。後は飲めや歌えやのお祭り騒ぎで三人の歌声に耳を傾けながら、桜の花びらが舞う様子に心穏やかな気分で過ごしていた。
桜の季節ということでこの小ネタです
少しでも暗い雰囲気が吹き飛ばすことができれば幸いです