この街の太陽は沈まない111

メイヴはオルタの言葉に、にこり、といつも通りの笑顔を浮かべた。


「UGFクリード代表クー・フーリン・オルタ、貴方にMEADの裏株式の8割、髄液とそのワクチンの情報及び利権のすべて、その開発及び製造に携わった、携わっている工場2つ、国外の医薬品生産工場5つ、そしてMEAD取引関係者のデータベースへのアクセス権を譲渡するわ」


そうして、そんな言葉をさらりと述べた。
「い゛っ!?」
仰天したようにヘクトールが言葉を漏らし、さしものオルタも目を丸くした。

確かに言い訳をしろ、つまり有り体に言えば賠償の誠意を見せろ、とは言った。だが今メイヴが挙げた物らが産み出す利益は、MEADの裏側の利益の半分近くをゆうに越えてくる。しかも権利を譲渡する、ということはその利益は永続的にUGFクリード側のものになるということであり、またそうした直接的関係を強く持つことはMEADにとっても危険性を高めることになる。ヘクトールがらしくもなく驚きを見せるのも無理はない。

メイヴはなんでもないように笑みを深くする。
「だってクーちゃんを裏切るような真似をしたんですもの。これでも安いのではなくて?」
「は、はぁ………」
ヘクトールは完全に度肝を抜かれている。今回の案件は実にヘクトールを混乱させているようだ、この数ヵ月で実に多様な彼の表情を見てきたような気がする。
――などと、どうでもいいことに感心している自分も相当動揺しているらしい、と他人事のように思いながら、オルタはメイヴを睨み付けた。
「何が目的だ」
「一つは本当に贖罪の意よ。だから裏側の利権の7割をあげるわ。命は金銭には変えられないでしょうけれど、だからといって絶対に金銭で購えない、というものでもない。もう一つはあの忌々しい女に嫌がらせ程度の仕返しはしてやったけれど、まだ足りないから。その為の投資とでも言えばいいかしら?」
メイヴは怯むことなくオルタの目を見返し、そうはっきりと宣言してきた。
―目を見る限り、嘘をついている様子はない。元よりこの女が自分に嘘をつくことは早々になかったが、だからといって正直者であるわけではない。
オルタはそんな彼女を鼻で笑う。
「ハッ…またUGFクリードを利用する気か?」
「クーちゃんに助けてもらおう、なんて思ってはいないわ。私がクーちゃんを助けることはあっても、その逆はない。言ったでしょう?これは投資だと」
「…………」
「それとも、やっぱり命でしか購えないかしら?」
「………ふん。ヘクトール」
「、おう」
外野に弾かれていたヘクトールが、オルタの声に素早く反応を返してくる。
オルタはくっ、と首をあげ、ヘクトールを仰ぎ見た。
「足りんのか」
「…!まぁ、結構釣りが来る程度には?」
「………ならいい。一先ずはな」
オルタはヘクトールの返答に一旦目を伏せると、すぐにそう答え、身体を起こした。立ち上がったオルタに交渉の終わりを見たか、ヘクトールはふぅ、と息を吐き出し、ソファーにかけていた上着を手に取っていた。
「メイヴ」
「…………」
オルタはわずかに腰を屈めると、座ったままのメイヴの顎を掴み、くい、と上を向かせる。

「次は、ねぇ。何を敵に回そうともな」

そうしてそう、釘をさすように言葉を刺す。
オルタにしてみれば、いつ、どこで、誰と戦争になろうとも構わなかった。何が敵になろうと、オルタは屠るだけだ。それが、彼が自分に定めたあり方だ。
だからメイヴが敵に回るというのであれば、倒すだけだ。今殺さないのは、不釣り合いにもいつの間にか背負うことになっていたものたちへの、ある意味での義理立てでしかない。

そこまで思って、ふと脳裏を過った1つの影。
果たして、自分がヘクトールの言葉通りにCPAとの戦闘を避けることにしたのは、そんな自分にとっては些細な義理立ての為だろうか。
「(…………いや、ある意味では……。…ハッ。オレも大概、“あの二人”と変わらねぇということか。くだらねぇ、ほだされたもんだ)」
「………クーちゃん?」
「帰るぞ、ヘクトール」
「、へいへいっと。それじゃあお嬢、それではまた」
怪訝そうなメイヴの声に現実に戻される。オルタはぴくりとも表情を変えずにそう言うと、メイヴの顔から手を離し、踵を返した。