この街の太陽は沈まない110

「アンタ、その始末に仙桃を使ったろう?なんでだい?」
「?なんでって、いつもそうしてるじゃない。CPA関係者がいたのに貴方がすんなりOK出してくれたのは、確かに少し意外だったけれど」
「…………ふむ。お嬢に自覚はなし、か」
「ちょっと待って、何よ?」
メイヴの顔が不審に歪む。うーん、とヘクトールが困ったように呻いた。彼はわりと本気で困っているようだ。
仙桃が利用されたらしいことを、そういえば報告されていたな、とオルタは今さらながらに思い出す。
「………CPAの間諜なんじゃねぇのか」
「まぁ、それ以外考えられないけどねぇ、ちょいと優秀すぎるというか…調査してもわからなかった、つって死にそうな顔してたぜぇ?」
「………なんとなく察したわ。でもそうね、許可が紙面なのでしょう?なら、贋作はそう難しくないかもね」
「………。と、いいますと?」
そう難しくない、と断言されたヘクトールは一瞬黙ったのち、へら、と笑ってそう尋ねた。それなりに気を使っている許可手法であるのだ、簡単に打破できると言われてしまえばそう気分はよくないだろう。
メイヴは顔に出しはしなかったヘクトールの変化に目敏く気が付いたか、困ったよう笑いながら両手を振った。
「気を悪くしないでね。でも彼女…レオナルド・ダ・ヴィンチはね、学生時代、稀代の天才画家として名を馳せていたのよ」
「!…そういえばそんな話もあったな」
「画家であるのなら、どれだけ仙桃がチェックしているのかはしらないけれど、サインや封蝋のようなものなら、偽造するのは他愛ないことだと思わなくて?贋作が難しくない、というのはそういう意味よ」
「…だけど、CPA関係者がいただろう。なんで奴が贋作作る必要がある?」
「念には念を入れて、CPA関係者だ、というのは貴方にしか分からないような表現を使ったわ。あの天才でも、そこまで察するのは無理なはずよ。それでも贋作を作ったのはパーティーでクーちゃんと接触していたのは見ていたでしょうから、私とそちらの接触を限りなく少なくするためか、仙桃のことで不審を抱かせたかったか…そんなところかしらね」
「………で」
「あぁ、話がそれたわね、ごめんなさい。さしものダ・ヴィンチも仙桃の技は見破れなかったようね、皮肉は言われたけれど証拠は掴まれていなかったわ。あとは普通に、時期を見計らってワクチンの開発に着手、完成させたわ」
「…まぁ、受けたかどうか、と言われたら微妙なところですが、なんでそれをこちらに明かすことはしなかったんで?」
メイヴの告白はどうやら終わったらしい。そうして、ヘクトールがそんな問いを口にする。それにはメイヴよりも先にオルタが突っ込まざるを得なかった。
「何言ってんだ、テメェ?いつからメイヴの下僕になり下がった?」
「や、そんなつもりはねぇよ」
「貴方の言いたいことは分かるわ、ヘクトール。私が早い段階で明かしていた方が、そちらの損害はより少なくすんだだろう、ということでしょう?」
ヘクトールに助け船を出すかのようにメイヴが口を挟む。
「ま、それもありますが」
ヘクトールは僅かに拍子抜けしたようにメイヴを見たが、すぐに笑ってそう返した。
「ごめんなさいね、スパイを始末してもらうまで、監視の目から逃げられなかったの。彼女もまさか、ちゃんと確認してその上で自分が作った贋作で、自分のスパイが証拠を残されずに始末されるとは思わなかったでしょうね」
「…お嬢の依頼状も、文面だけ見ればただの桃の発注書だからなぁ」
「………ふん」
「あぁ、脅迫に使われた名簿はウチのにちゃんと始末させたわ、そこは気にしないで」
「大体事情はわかった。仙桃の奴等も、そういう事情なら仕方ねぇか。これ以上戦力を削るのはウチとしても痛手が過ぎるからなぁ。で、どうします、ボス?」
大体の事情。
メイヴは自らの裏組織との関連の証拠を餌に、CPAの犬となった。
だが、脅迫に使われた名簿も、MEADに潜り込まされたCPAのスパイも消したという。その上今後MEADは開発したワクチンでそれなりに利益を得るだろう。
弱味を握られても、最後にはそれを覆し、成果と利益を掴みとる。
なるほどそれは非常にメイヴらしい。メイヴは自由奔放に見えながらも弱点を克服する努力をすることができる人間だ。彼女が表と裏の両方と付き合いつつ、安定して成立していられるのはこの強かさと優秀さが理由にあるのだろう。

だが、そんなものはオルタには関係ない。

「…で、どう言い訳するつもりだ?」
とはいえ、メイヴを消してしまってはCPAに格好の理由を与えることになる。それはできない。
メイヴとて、そんなことを話したくらいでオルタが納得するとも許すとも思っていないはずだ。その程度が分からないほど、短い付き合いではない。