この街の太陽は沈まない96

「…成る程、確かに襲撃されたな」
「だろ?」
――5分後、二人の姿は先程までいた廃屋が見下ろせるビルの屋上にあった。訓練を積んだ人間たちなのか、音もたてず、声もあげずに粛々と任務を遂行している様子が見てとれた。
“ランサー”は、おー、とどこか他人事のように感心した声をあげながらそれを見下ろしていた。
女王蜂は、どうやら面倒なことになったようだ、と疑っていた現実を認め、一人静かにため息をついた。その音が聞こえたのか、それともたまたまか、“ランサー”がふと思い出したように女王蜂を振り返った。
「それにしてもお前、あの特徴的な配下の連中はどこに隠したんだ?てっきり同じ場所に何人かはいると思ったんだが」
「部下か。もうこの街にはいないよ。掌で踊らされていることは確かだったからな、あの工場の事件の直後、移動させた」
「………は?ボスが一人で残ったってか?」
“ランサー”は女王蜂の返答に呆れたようにあんぐりと口を開ける。予想のできる反応ではある、普通に考えれば、誰かを残すのであれば、そこそこ優秀な部下を残すのであって、ボス一人というのは正気の沙汰ではない。狂っている、と思われてもなんら不思議ではないだろう、と、女王蜂は自嘲気味な笑みを浮かべた。
だが、“ランサー”は予想に反して不意に真面目な顔に戻った。
「…妙な連中だとは思っていたが……なんだ、アレか?お前の指示がなければ動けない質か、あの蜂どもは」
「……その辺りはご想像にお任せするとしよう」
「…ま、なんの拘りかは知らんがあいつらは目立つからな。いないというのなら都合がいいってもんだ。移動するぞ」
「……………」
――意外にもこの男は頭も回るらしい。伊達に万屋で生計を立てていることはある、ということか。
“ランサー”の観察眼への評価を少しだけ訂正して、女王蜂は移動を始めた“ランサー”の後に続いた。



 「…おお、無事だったか」
「!」
そのまま“ランサー”についていき、二人は小さなアパートの一室にはいる。きぃ、と扉が軋む音に中にいた人物が勢いよく振り返り、“ランサー”の姿を見止めるとほっと肩を撫で下ろしていた。
後から入った女王蜂は、見覚えのあるその顔にわずかに目を見開いた。そんな彼に、その男は困ったように笑う。
「…あぁ、驚かせたな。すまないがウチは理性より感情の勝る輩も多くてな、ごく一部で動かざるを得ないゆえ…私が来たというわけだ」
「……あの日廃墟にいた男だな。確かラーマとか言ったか」
「その通りだ」
「…ChaFSSはともかく、UGFクリードも手を貸すなどとはどんな世迷い言かと思ったが、本気だったとはな」
ラーマは女王蜂の言葉にぱちくりと瞬いたのち、ふふ、と小さく笑う。
「ChaFSSは最もCPAの目が届く。だから下手には動けない、だがその代わりに情報は誰よりも早く手にはいる。情報収集がChaFSS、実働が我ら、といったところだ。お前たちを助ける手助けをする見返りもあるゆえ、こちらにも理がある、というわけだ」
「ふっ、なるほどな」
「ラーマ、幸か不幸か雀蜂はこいつしか残ってねぇとさ」
「なんと!……我らがボスも大概単独行動を好むが、それを上回るスタンドアローンっぷりだな……」
「だよなーヘクトールみたいな引き留め役いねぇんだろうなーいいんだか悪いんだかなー」
「…おい、それで、これからどうしようと考えている」
突然自身の組織のあり方をぼろくそに言われたような気もするが、どうせしばらくは付き合うことのない連中だ、聞かなかったことにしよう。
女王蜂はそうさっくりと思考を切り替えると、話の続きを促した。おお、と“ランサー”はぽんと手を叩く。
「ひとまず街を出さないとな。ラーマ、オレが出たあとなにか続報はあったか?」
「恐らくお主たちが逃げ出たからだろうな、2分前、ChaFSSに正式に逮捕命令が出たと知らせがあった。だからChaFSSはもう街に出ているはずだ」
「ちっ、さすがに抜け目ねぇな。だがオレたちにはラッキーなことに女王蜂一人をエスコートすりゃいいだけだ、車両の心配はいらねぇと伝えておいてくれ」
「あぁ、分かった。これが、今の検問の配置状況だ」
ラーマと“ランサー”はてきぱきと状況分析を進め、ラーマは持っていたタブレットを二人に見えるように中心においた。