我が征く道は199

「……もう話すことはないと思ったんだけどな。ランサーとも意外と話したし、いやはや、世界は狭いねぇ」
「なんだ、存外余裕そうだな。こちらとしては、貴様に泥の意識が向いているうちは楽で助かるのだがね」
「ちゃっかり人を餌にするんじゃないよバカチン。しかし、死んでたら別にあれだけど、少年の固有結界が解けた時に下があのざまだと困るわな」
「全くだ。これでは凛が出てくる場所もないだろう」
「なんだお前、ちゃっかり私に文句言いに来ただけかコノヤロウ」
アーチャーがわざわざ凪子の隣に姿を見せた理由が、どうやら文句をつけにきたらしい、と察した凪子は、うんざりしたようにそう言った。だがすぐに、楽しそうに笑みを浮かべる。
「まぁいいさ。確かにこの泥はなんとかしなきゃいけないからな。まぁ見てろって」
「!」
凪子はそう言って、肩に槍を構えた。なんとなしにそれに目を向けたアーチャーは、ぎょっとしたようにそれを見る。
「君、その槍、」
「そうら、雷に焼かれるがいい!詠唱省略、ブリューナク!!」
凪子はそう言って、簡易な真名解放を行った槍を地面に向かって投げつけた。
簡易発動であっても、ブリューナクの雷は地面を埋め尽くす泥を焼き尽くす程度には十分な火力があった。
派手な音を立てて業火が巻き上がり、泥は一瞬の間に蒸発した。ランサーの槍と同様、空中で動きを止めた凪子の槍は、複雑な軌跡を描いて凪子の手元に帰ってきた。
「ま、ざっとこんなもんさね」
「…それは……ブリューナクの槍か?なぜ君が」
「もらいもんだ。その辺は神話には残ってないからな。さ、心配事はなくなっただろ、燃やされて腹立ったのか攻撃こっちに来たしな……!!」
「!!」
凪子はアーチャーの言葉への返答もそこそこに、勢いよく屋根を蹴って上から降ってきた泥をかわした。
近くにたっていたアーチャーも巻き込まれないように数歩下がり、地面に着地した凪子を見下ろした。凪子はアーチャーに向けて、ぐ、と親指をたてた。
「この泥は任せとけ。そっちの邪魔にならん程度に引き付けるし、埋めつくし始めたら適度に燃やすさ」
「ふん、そうか。悪いが手助けはしないぞ。それほどの余裕はないのでね」
「何言ってんだ小僧、援助が必要なほど老いぼれちゃいないさ。魔力がつきる前にさっさと行きな!」
凪子はそれだけ言うと、にやっ、とアーチャーに笑ってみせ、そのまま勢いよく地面を蹴って山門から階段の方へと飛び出した。注意を引くなら、彼らの戦場である寺の境内よりかは別の場所の方がいいだろうと判断してのことだ。
アーチャーの返事は聞かなかったが、まぁいいだろう。なんだかんだ言って、あちらはあちらでうまくやるはずだ。
凪子は一旦の決着がつくまで、鬼ごっこをしていればそれでいい。
「おわっと!」
鋭い槍のような形をもって降ってきた泥をギリギリでかわす。かわしざまにルーン石を放り、炎を起こして一瞬隙をつくって逃げる。


凪子はそうやって、しばらくの間鬼ごっこを続けた。
泥にはあまり知性はないらしく、面白いくらい簡単に引き付けられた。

「――あ、しまったな。こんな余計な手助けしてたら、決勝戦見逃すじゃん。馬鹿だなぁー、私。…まっ、いいか。結局生きてる世界が違うわけだ、そう都合よく事は進まないか。今まで面白いもん見れただけ、ラッキーだったもんよ」


逃げながら、誰ともなしに凪子は呟き、はは、と声をあげて笑った。

そうだ、この世は必ずしもうまくいくものではない。
それを悪ととるか、良ととるかは、その場次第。
世の中は、自分の都合に合わせて動いてはくれない。
結局は、その移り行く都合に、自分が合わせていくしかないのだ。

凪子が、誰の記憶からも必ず消え、いつかは誰からも忘れ去られるだけだとしても。
人の世界でいきることを選び迎合したように。


「はは!最終回見逃した挙げ句にわけのわからん鬼ごっこか!毎回最後には失敗して空の彼方に星になって消えていく、日本アニメの敵役みたいなオチだな!」

だが、それも。


「まぁ悪かない!そうであればこそ、私の生も、輝くってもんよ!」


凪子はそう言って笑いながら、地面を蹴った。
夜の闇を、赤い影と槍が、裂いていく。

――そんな凪子の鬼ごっこは、寺から一筋の光が立ち上った後に泥が消滅する形で、終わりを迎えた。