我が征く道は198

士郎がギルガメッシュに勝つために最低限必要だったのが、固有結界の展開だった。正直凪子にはそんなことが可能なのか半信半疑だった―なにせ、凪子だって獲得するのに相当数の年月を必要としたのだ―のだが、できてしまった以上、あとはその活躍を期待する他ない。
「ギルガメッシュにはいっぺん痛い目に合わせてやりたかったんだけど…まぁ仕方ない。贅沢は言えないか。それより――」
ぶつぶつと独りでぼやいていた凪子だったが、上空から降ってくるのを感じた悪意に、素早く横に跳躍してそれをかわした。
なんだ、とそれに目をやれば、元いた場所は赤黒い泥でべたりと汚れていた。
「…閉じ込めたから怒ってんのか、聖杯の泥が」
ちっ、と凪子は舌打ちをして空を見上げた。孔からあふれでる泥が、ゆったりと腕の形をもって立ち上っているのが視認できた。
腕の形になったその泥は、凪子目掛けて飛びかかった。
「ッ、」
凪子は跳躍してそれをかわし、落下ざまにためしに槍で斬りかかってみた。ズバ、と音をたてて切り裂けた感触はあったが、構造は泥、液状であるがゆえに簡単に切り離したはずのそれは繋がった。
「この中で鬼ごっこか……!」
面倒だな、と思いながらも、追いすがってくる腕から逃れるべく凪子は地面を蹴った。
腕は途中で二つ三つに分かれ、凪子を捕まえようと手を伸ばしてくる。泥で殺すつもり、というよりかは、捉えようとしてくる動きだ。凪子は意外にも殺意がないその動きに、ルーン石を取り出しながら疑問に思った。
「いつだったか、変なのにお前の魔力美味しそうだな的なこと言われたなそういや…私を食いたいのか、こいつら」
だがすぐに、その理由に思い当たる。いつぞや大聖杯で魔力にならした時に、話しかけられた言葉を思い出したのだ。
今回、全く話しかけられることも人格の気配も感じられないことから、
あの時の彼は全くもっていないようだ。
「人格があれば、鬼ごっこもまだやりがいがあるってもんなんだけどな…!」
凪子は独りぼやきながら、上から降ってきた攻撃を横に飛んで交わす。跳躍の最中に身体を前に回転させ、下からルーン石を投げつける。アンザスのルーンを刻んだそれは、泥にぶつかると同時に爆発を巻き起こした。
「…しっかし、壁を作ってる以上その内地面は泥で埋め尽くされちまうな……」
凪子はタンタンッ、と軽やかに地面を蹴って跳躍し、寺の屋根に飛び乗った。地面を見下ろせば、うぞうぞと泥の腕がさ迷っている。
ちらり、とその位置から背後を振り返れば、孔からは次から次へと泥があふれでてきている。
「うーん、困ったな。小聖杯をぶっ壊せれば話は早いのだけど」
凪子はこめかみに指を当てて目を強化すると、背後にあるであろう小聖杯の位置を探した。
小聖杯とおぼしきものはすぐに見つかった。どう見てもそれは肉の塊で、びくびくと脈打っている様子が見てとれた。
じぃ、とそれに意識を集中させ、中の様子を透視する。二人の人間の気配が見つけられ、はぁ、と凪子はため息をついた。
「…あれ片方凛ちゃんだろうな……ああもう、何やってんだか。壊せるもんも壊せやしない。もうひとつの気配の人間助け出そうとしてんだろうが、どう考えても自殺行為だわ」
「全くだな」
「はぇ?」
凛が中にいる以上、そう簡単に小聖杯は破壊できない。あくまで聖杯戦争内のことに関しては、参戦者の意図を尊重している。であるなら、ここで凛もろとも小聖杯を破壊することはできない。せめて凛が小聖杯に吸収されるなりなんなりして、死んでからでないと凪子には手をだしかねた。
そう思って毒づいていると、誰もいないはずなのに返事が返ってきて、凪子は間抜けな声をあげた。きょろきょろ、と辺りを見回すと、シュイン、と澄んだ音をたてて、凪子の隣に霊体化を解いたアーチャーが姿を現した。