不意に脳の中心部で蘇ったのは初雪のような恋のことだった。それは何もないところで何の前触れもなくいきなり顔を出すからその度に俺は目を閉じて昔を振り返る。ふと立ち止まり傘の隙間から空を仰ぐと雨、緑色の季節がはじまっていた。ああ雨の匂いが胸を離れない
あの頃を思い出したら時計の針が逆に進むとかそんなこと絶対に有り得ねぇけど そう言えばあんなこともあったなァ。しとしとと降り注ぐ夢粒が弾けて消えた。
出逢ったのがいつだとかどんな風にだとか、そんな細けぇことなんて覚えてられねーくらい俺の脳みそは容量が少ないことで有名。(いや 都合の良い脳みそとも言う)ただ覚えてるのは、俺達の最初の出逢いはあんず色の夕焼け空の下で、最後の出逢いは雨垂れの世界の中だった それだけ。
アイツは夕日を浴びながらぴゅんと走ってて、その姿が綺麗で他には何も見当たらなくて。純粋に綺麗だと思ったひとりぼっちの午後、地面を駆ける一筋の流れ星にこころが震えた。それがガキみてーなちゃっちい恋心だと知るのはまた後の話。
とにかくもう一度逢いたくて逢いたくてこの手で掴まえたくて毎日同じ時間にその道を歩くようになった。変な習慣が身についたせいで、路肩にこじんまりと経営してる団子屋の親父と仲良くなったり。けれど肝心の気になるあの女と話すことも出来ず、すれ違うだけ見つめてるだけ 届かない想いだけが募るばかり。
『簡単じゃねーか、』
俺、この近くで万事屋やってんだけどよォ、何かあったらウチに来いよ
可愛い娘には特別大サービスだ、この坂田銀時様が何でも解決してやらァ
理由なんざいくらでも作れたはずだ。けれど軽い一言すら出てこなくて、人混みの中を走る君の姿を遠くから探すことしか出来なくて、我ながら女々しいと思う。名前も知らない女が気になるなんて俺も相当可笑しいみてーだ。
「恋してんなァ、銀ちゃん」
いつもの団子屋で雨宿りをしながらあの女を待っていたらいきなり店の親父にそう言われた。は?ちょっと待て、鯉?…誰が、誰に?
『恋、って…』
「俺も若い頃色々したモンだぜ。一人の女に縛られるのが嫌でよォ…」
『おいおい、ちょっと待て、』
誰もテメーの過去話なんか聞いてねーから!若い頃色々したとかどーでもいいから!俺関係ねーから!…って思ったがそれを声にすることはなかった。それよりも気付いた重要な事実、これってもしかして恋?そーいやマトモな恋愛してねーな、俺。もしかしたら初恋か?この歳で?なんかそれってカッコ悪くねーか、
「アレだろ、この時間帯になるといつも走ってる娘さんだろ?」
『…さァな、俺にもわかんねー』
「じゃあ何で毎日ここら辺をうろうろしてんだよ?」
『……知らねー』
否定して肯定して、振り子のように行ったり来たりする妙な思考が煩わしくて、口の中に茶を流し込む。
「話しかけてみろよ、銀ちゃん」
『何でだよ』
「向こうも同じこと思ってるかもしれねぇだろ」
『…』
別に俺はあの女とどーにかなりたいって訳じゃねーんだ。ただ気になるだけ。あれ それが恋なのか?いつの間にか考えることが全部アイツに埋め尽くされて
「あ ほら、来たぞ銀ちゃん!」
下を向いてぼんやり考えていた俺の背中を団子屋の親父が力強く押す。よろけながら何とか踏ん張って濡れた地面に倒れることだけは免れたが、
「!」
『っ!!?』
感動のご対面 じゃなくて、始めて間近で見た女の顔。俺、今すげードキドキしてるっつーか何か言わなきゃ何か言わなきゃ何か、 あ。
「…す、すみません……」
蚊の鳴くような声で俺に謝ると、顔を伏せながら走り去ってしまった。いや、そんなことはどーでもいい。あの女、
『…泣いてた、』
確かに見た、頬を流れる大粒の涙。あれは雨なんかじゃない。何で泣いてたんだ?一体どうして、
薄れていく後ろ姿はひどくちっぽけで、でも俺の足は動かなくて女を追い掛けることはなかった。
それから俺はあの女に逢うことはなかった。
今でも時々後悔する。あの時追い掛けていれば、涙の理由を聞いていれば、何か変わったんだろうか とか。
今でも想わずにはいられない。五月雨のような恋心がこころの奥底にこびりついて離れようとしねーんだ。特に、こんな雨の日は。
もしも君が悲しむ理由を知っていたならば、
今頃俺達はどうなっていたのだろう。
【コラボ夢 byやまと】