向けられた笑顔が俺とあいつと違うな、と感じたのはつい最近。前々からうっすらと気付いてはいたもののそれを認めてしまった瞬間どうしようもなく広がるふたりの隙間。それは自分で作ったにも関わらずどうやって埋めればいいのか飛び越えればいいのか分からなくて、ただ立ち尽くすだけ。二度と向こう側に渡れなくなるかもしれないのに。
ああこのまま誰にも知られずに星になって遠いそらでぴかりと光ることが出来たらどんなに幸せだろうか、
「そーちゃん!」
俺をこの名前で呼ぶのはこの世界で姉上ともうひとりだけ。だから振り向かなくてもそいつの顔が一瞬で脳裏に描かれる。何も見ないでパッと輪郭が浮かぶのはその顔を見慣れてしまった訳じゃなくて
『どーしたんでィ、俺に何か用でもあんのか?』
「そーちゃん、あのね」
にこり と笑うその顔がたまらなくすきだった。ごちゃごちゃな人混みの中でおんなじ顔を探してもこいつとおんなじ笑顔を持つ女はひとりもいなくてフラリと地面をさ迷っても結局ここに帰ってくるから不思議。ある意味こいつに依存してるのかもしれない、でもそんな言葉じゃ片付かないような気もして何となく怖くなった。
「今日真選組のみんなに差し入れ持ってきたの!よかったら食べて」
『おっ、マジでか。そりゃあありがたくいただきまさァ』
差し出された包みを受けとる。ふわり香る甘い匂い、くらくらしながら小さくお礼を言うとどういたしまして、と笑顔付きで返ってきた。
「そーちゃんは今見回り中?」
『まーな』
「ひとりで?」
『いんや、土方の野郎と──』
「オイ!総悟!」
と、俺の言葉を遮ったのは今まさに話題に上がった人物だった。煙草をくわえながら偉そうに俺達の元に歩み寄ってくるのは我等が真選組の副局長(ホント空気の読めねー男だなこいつ)
「テメー、何勝手にほっつき歩いてんだコノヤロー」
『ほっつき歩いてなんかいませんぜ?フラフラしてただけでさァ』
「それをほっつき歩いてるって言うんだ!」
『あ これ、真選組への差し入れの品なんで屯所に持ってって下さい土方さん』
「人の話を聞けェェ!!」
軽く土方さんの言葉を聞き流しながら俺は隣にいた女に視線を向ける。女は柔らかく笑いながら土方さんを見つめていた。刹那、その表情に違和感を覚える。…あれ、何か違う。分かんねーけど、俺がすきな笑顔と違う。いつもの暖かくて柔らかな笑顔 じゃない。
「あの、土方さん」
「あぁ?」
「…お仕事、頑張って下さいね」
やっぱり、違う。
なんでそんな幸せそうな顔なんだ?見たことねーぞそんな顔。どうして、と問いかけてみたらすぐにくだらない仮説が浮かび上がった。けれど不確かな事実にぐらぐら動揺する。まさか、まさか。
「…行くぞ、総悟」
『あ…と、土方さん。先、行っててくだせェ』
うやむやモヤモヤ。考えれば考えるほど答えが遠ざかって問題すら曖昧になって、
「何言ってんだコラ」
『すぐ行きまさァ』
「…」
土方さんは何か言いたげな眼で俺を見つめるが、ふいと踵を返して行ってしまった。その様子を切なげに見送る女に直球で訪ねる。
『…顔、赤いぜィ?』
「え!!?な、何いきなり…」
『さては土方のことが好き、とか』
「…」
あれ。
「…
すき、だよ//」
…マジかィ
「でも片想いってか、告白する勇気もないし…」
「あの人を想うだけで毎日幸せっていうか」
「その…」
消えそうな言葉達はポンポンと宙に千切れて消えた。理解力が追い付かない、ショック と言うよりも驚きの方が強くて
「…でもいいの!今のままで充分幸せだから」
『…そーかィ』
その幸せが自分の方に向けられていないことを改めて思い知らされる。冷たく、音を立てて崩れるのは何だろう
きみがしあわせなのが、いちばんうれしい
そんなのお前に言える訳ねーだろィ と、こころが軋んだ。
【スペシャルゲスト:土方。】