神域第三大戦 カオス・ジェネシス109

パチリ、と右目が開かれ、紅い目がルーの全身をを舐めるように見た。その色はルーと同じ色であるはずなのに、どこかどろりとした、毒々しさを感じさせる。
「言葉通りの意味だが?お前の残機であろうタラニスの坊主にちょっかいだしたんだ、少しは不機嫌な顔を見せると思っていたのになァ」
「……………」
ルーは何も言わずに動きを再開し、ひたり、と槍の穂先をバロールへと向けた。バロールはおどけたように肩を竦めるが、立ち上がる気配すら見せない。
「そうだ、あの時俺の邪魔をしたのは二人目の執行人だろう?大した結界だったじゃねぇか、一人目とどこぞへと消えちまったが、この戦場に連れてこなくてよかったのか?」
「執行人と来たか。……ハ、引き籠ったところで貴様は殺せんだろう」
「道理だがな。だがタラニスやダグザ老はともかくとして、後ろに控えてる連中をぞろぞろ連れてくるくらいならあの執行人を連れてくる方がまだ意味があるというものだ」
「(!)」
気配を悟られていたことに、クー・フーリンは僅かに息を呑んだ。悟られていたことにではない、気付いてなお、目立った反応を見せなかったことにである。それは警戒するに値しないということであるのだろうが、わざわざ凪子と比較したということはある程度の力を見透かされていると判断できる。
相手が人間であればはったりだろうとも言えるが、そうではないと確信させる存在感がバロールにはあったのだ。そうして彼の魔神ははっきりとルーに言ったのだ、無駄な戦力であると。
対してルーは、はっ、と嘲笑うように白い歯を溢す。
「何、貴様の目蓋を開くために強力な単体ではなく、非力であろうと複数体必要なのと同じことだ」
「へぇ?随分と肯定的に捉えているのだな。こちらとしては、殺し損なった俺の始末の戦いにお前が部外者の介入をよしとすること事態、目玉が飛び出るかと思うほどの驚きだったのだがなぁ」
「ならば、お望み通り飛び出たせてやろうか」
わざとらしい身振りで煽るバロールの言葉をルーはにべもなく一蹴する。
とはいえども、バロールは外部のものを巻き込みたがらないルーの性質をピタリと言い当てていた。それはつまり、ダグザやタラニス同様、バロールもルーをよく知っているということだ。ルーが運命などという表現を用いるだけのことはある、ということか。
ルーのさばさばとした返答にバロールは楽しそうに口角をつり上げながら、降参とでも言いたげに両手をあげた。
「ご冗談、一回で十分だ。ま、此度の俺に背後はないがな?」
「そうか?あるだろう、まさに今、後ろに」
「あん?…あぁ、こいつァどうでもいいんだよ、いや真面目な話」
「(…?存在を保つ要であろう樹がどうでもいい…?)」
「(…ふぅむ。下手をすると奴自身の目的は本当にルーとの再戦だけなのやもしれぬな…)」
「さぁて、此れで最期であるならば名残惜しいと色々無駄に話したが、そろそろ始めるとするか」
「(!)」
ヒソヒソ、と二柱の会話に耳をそばだて、その内容に密言を交わしていたところへ、開戦を伺わせる言葉が飛び込んできた。面々は会話もそこそこに意識をそちらへ向け、各々の武器を手に構える。
ルーはいたって静かに、肩を竦めた。
「あぁ是非そうしてくれ、そろそろ退屈で噛みつくところだった」
「つれないなお前は。ま、お真面目で律儀なお前のことだからな、無理もないのかもしれないが」
「終わりではなかったのか」
「はいはい全く、つまらん孫だ。だが、その気の急いた殺気は心地良い。あぁいいな、殺し合いだ、お前との殺し合いほど楽しいものはない…!」
飄々としていた語り口が一変、興奮したように言葉をかさね、口角は歪んでつり上がる。空間が歪み、そこからぽとりと落ちた鞭を空中で掴み、パシリという音をたてさせながら両手に持った。多節鞭のようで、金属でできた各節が太陽の光を反射させていやに光る。

「では………始めようではないか!」

―朗々と開戦の合図がバロールより放たれる。直後、閉じられたバロールの左目目掛けて跳躍し、目にも止まらぬ速さで突き出されたルーの槍と、蛇のような動きでしなり跳ね上がったバロールの鞭とが衝突し、鈍い金属音を森に響き渡らせた。
「そうら行動開始じゃ!」
それを皮切りに、ダグザとタラニスも広場へと躍り出た。ルーが会話をしている間に詠唱を済ませ、強化魔術をかけ終えていたマーリンは通信機のロマニと共にそのまま後方に控え、二柱に続いて子ギルとクー・フーリンも飛び出した。
「!へぇ、曾孫をこの目で見ることがあるとはな!」
素早いという言葉では表現不足であろう速度で繰り出される槍を器用に鞭で凌いでいたバロールは、フードを被ったままのクー・フーリンを一目見るなり楽しそうにそう言った。
クー・フーリンは、チッ、と小さく舌打ちしながら、くるくると回した杖でたんたんと地面を叩いた。落とし穴の用意として魔術を地面に走らせる。
「いきます!」
クー・フーリンの下準備を横目に見ながら、子ギルがそう叫ぶ。空中があちらこちらで歪み、そこから勢いよく鎖が飛び出す。
「随分と面妖な鎖を持っていることだな!」
―バロールの卓越した観察眼は触れる前に天の鎖の性質を見抜いたのか。
バロールは楽しげにそう言いながら、ようやく膝をたてた。