神域第三大戦 カオス・ジェネシス102

二人が作業を開始してから、4時間ほどが経過した。
「――――よし!こんなもんでいいでしょう、後は当日の頑張り次第だな」
「おー、お疲れさん」
「そちらもお疲れさーん」
日はまだ高く、辺りに不穏な気配は見られない。両者はお互い深くフードを被ると、そそくさとタラニスの居住であった森から離れた。少し離れたところで目眩ましの結界を解除し、そこにいたってようやく二人は息をついた。
「…ったく、気分のよくねぇところだった。神が破壊した後遺症ってやつかね?」
「さてね。とはいえ、神の領域をあそこまで破壊したんだ、土地そのものにダメージが残らんはずはないさ。一応、藤丸ちゃんらの待機予定ポイントには浄化の術式仕込んでおいたよ」
「おお、気が回ることで」
「これでも商売人ですから〜☆」
軽口を叩きながら凪子は鞄から双眼鏡を取りだし、念のため、結界やトラップが正常に待機状態にあることを確認する。未知数の敵なのだ、用心はするに越したことはない。
凪子がそうしている間に腰を下ろし、タバコを取り出して火をつけていたヘクトールは、それを深く吸い込んで、細く長く紫煙を吐き出した。
「…そうだ、気遣いと言えば」
「おぉん?」
「……どこぞの猫みてぇな鼠みてぇな野郎を彷彿とさせるような声出すんじゃないよ…」
「にゃんち…いやこれ以上はアウトな気がする。で、何?」
おふざけを挟みつつ、そしてしっかりチェックは続けながら凪子は改めてそう問い直した。ぽわ、と、ヘクトールが吐き出した煙が丸く円を描いて空を飛ぶ。
「キャスター…クー・フーリンのことだよ。正直、俺はマスターやマシュより、あいつの方が気になるんだが、お前さんの目から見てどうよ?」
「あぁ、すごーーく距離を測りかねてる感じがするね」
「あぁ、やっぱりそうだよな?あー…俺はケルト神話についちゃよく知らんが、仲の悪い親子なのか?あいつらは」
「と、いうより、光神ルーはクー・フーリンの超自然的な父親とされているだけでね」
「超自然的な父親」
ぱちくり、といった効果音が聞こえてきそうなほど定型的なまばたきをヘクトールが返してくるものだから、凪子は思わず吹き出しそうになった口元をもっともらしく手で覆って隠した。
「…コホン、伝承の意味合い的にはキリスト教の処女受胎と似たようなもんさ。ま、クランの牛追い…クー・フーリンと女王メイヴの因縁の戦いの折りに、一人戦うクー・フーリンを休ませるために三日間、代わりに戦った、という逸話はあるから、そういう意味では現実味はあるのかもしれないがな」
「ほぉ…つまり、親子らしい接触はなかったようなもんか」
「だろうな。凪子さん的に、吹っ切ったようにルーの戦闘補助に回ったわりに、なんで今さら迷うようなことがあるのかと思ってはいるけどね。よし、異常なし」
「は、違いねぇ」
チェックを終えて双眼鏡をしまった凪子に合わせ、タバコを口に加えて立ち上がった。
リンドウの森への帰路につきながら、二人の会話は続いた。
「オジサン、なんかした方がいいのかね?」
「いやー別にいいでしょ。作戦行動に支障が出るほどなら、今日また手合わせしてるダグザなりマーリンなり子ギルガメッシュなりがなんか言うって」
「…それもそうだな。どうにもかなり個人的なことのようだからなぁ、他人は干渉しない方がいいってもんか」
「そういうもん、なんじゃないかね。よく知らんけど」
「まぁー、お前さんはそうだろうなぁ。いや、悪い意味じゃあないんだぜ?」
「そう怯えんでもとって食ったりせんよ、固そうだし」
「感想が捕食者〜〜」


―――――


「……のう、セタンタよぅ」
「?」
ヘクトールと凪子が軽口と洒落にならない冗談を飛ばし合いながら帰路を急いでいる頃と時を同じくして、神妙な顔をしたダグザがクー・フーリンに話しかけていた。
二度目の手合わせを終えたところのようだ。様子を見に来ていたらしい藤丸、マシュと子ギル、マーリンは話し込んでいるようで、そんな両者には気が付いていない。ぐい、と腕で汗をぬぐったクー・フーリンは、ダグザへと向き直った。
「なんだろうか、ダグザ神」
「なんだろうか、じゃありゃあせんわい。心ここにあらずといった様子を見せおってからに」
「!あー……出ていたか?隠していたつもりなんだが」
クー・フーリンは意外そうに目を丸くしたのち、苦笑いをして頭をかいた。ヘクトールが凪子が言っていた異変が、これまた彼らの予想通りにダグザに見抜かれてしまったようだ。
ダグザは、ふん!、と、つまらなそうに鼻をならす。
「あそこの人間もサーヴァントも気付いちゃおらんだろうがな。じゃが、儂に隠し事ができると思うたら152年早いわ」
「まあ妙にリアルな数字で……」
「思い煩っとるところに悪いが、恐らくルーはお主の、“クー・フーリンとして”の言葉には耳を貸さんぞ」
「!」
ピクリ、とクー・フーリンの身体が小さく跳ねた。