神域第三大戦 カオス・ジェネシス71

「なっ…」
「―――〜〜〜っ…………」
それにはさしもダグザも声をあげた。対して、腕がもげたというのに凪子は歯を食い縛りはしたものの声はあげなかった。歪んだ顔からして、痛みがないということはないはずである。
リンドウは落ちた腕を持ったまま、はぁ、と深々とため息をついた。
「…今の君の身体は肉体じゃあない。魔力で余れた、人形にすぎない。だから本来の君の肉体が耐えられるものでも、今の身体は耐えられないこともある。それを分かった上で、君は無茶をしたね?」
「!」
「……っ、は、それで怒ってるのか。本来の肉体もサーヴァント体も、そう大して変わらん。こっちのが“ちょっと脆い”というだけさ」
「このたわけ。そのちょっとは大きな違いなんだよ分からず屋。確かに修繕は本来の君より遥かに簡単だけど、ね!」
「ギッ、、い、ちょっともうちょっと優しくしてぇぇ!!」
「お、おいおい……」
リンドウは反省の色を見せない凪子は呆れたようにそう言い放ち、がしりと凪子の肩をわし掴むと取れた腕を乱暴に押し付け、ぐりぐりと抉るようにしながらも元通りに腕をつけた。
断面を押し潰されるようにされた凪子はおどけながらも確かに悲鳴をあげ、くっついたあとには文句は言わないものの、その腕を抱き抱えるようにしてリンドウを恨めしげに見上げた。僅かに涙も浮かんでいる。
あわあわと狼狽えるクー・フーリンを横目に、リンドウはふんと鼻をならした。だがすぐに、その表情はどこか悲しげに歪む。
「…よかった、まだ涙が出る程度には痛み慣れはしていないようだから。これで悲鳴もあげなかったら痛覚を3倍くらいに過敏にする呪いでもかけてやろうかと思っていたよ」
「やだひどーい」
「何が酷いものか。君は生きているものだ、痛みを忘れてしまっては悦びも感じなくなる。それを私は好ましく思わない。君は、楽しいことが好きなんだろう。そんな君が楽しみすらも失ってしまったらと、君がなにかを好きになることすらもなくなってしまったらと、これでも私はずっと恐れているんだ」
「!」
へた、と力なく座り込みながらそう口にしたリンドウに、茶化すように言葉を返していた凪子も思わず口をつぐんだ。リンドウは何も言わないまま、水面から出ていた凪子の上体を抱き寄せ、濡れるのも気にせずぎゅうと抱き締めた。
抱き締められた凪子にだけは、その腕が僅かに震えているのが分かった。
「…覚えているかは分からないが、君はとても自由な存在だと、前に言ったね。どうかそれが不幸ではないようにと、祈ってやまないのだと」
「………忘れてないよ、覚えてる」
「ならどうか安売りはしないでくれ。私の我儘だというのは重々承知している、それでも…お願いだ。君が君の価値を下げてしまわないでくれ。自分は耐えられるからと、容易く差し出さないでくれ。有限の命ではない君の命は……そういう使い道のためにある訳じゃないはずだ」
「………………悪かったよ。悪かった。そうだな、おまえはそう言うよな。…ごめん」
凪子はリンドウを抱き締め返すことはしなかった。だが、静かにそう言葉を返し、目を伏せた。
さすがに反省した、とその顔には書いてあった。リンドウの言う無茶をした自覚も、自身の身体を軽視した自覚もあった、ということだろうか。
リンドウはしばらくそのまま凪子のことを抱き締めていたが、不意にその腕を緩めて身体を起こすと、すんっ、と固い表情を浮かべ、べしりと凪子の頭を叩いた。
「私に悪かったと思うなら君もしばらくここで養生すること。無茶な魔力の使用で、魔力で編まれているに等しい君の身体は綻びが生じてる。それを直すまで出てきちゃダメ、出てきたらもうあれだから、絶交だから」
「へ〜〜〜い…………」
「…じゃあ、私は療養に使えそうな薬草をとって一旦家に戻ります。意識が戻ったら一応お伝え願えますか」
凪子がしずしずと大人しく泉に浸かったのを見届けてから、リンドウはダグザに礼をとりつつそう言った。ダグザはリンドウの言葉に小さく頷く。
「うむ、いいだろう。坊主、お主は?」
「………先に戻っててくれ」
「…身体に違和感を感じたら早めに出てくださいね。お連れの方には伝えておきます」
クー・フーリンのもう少し残る、という言葉にリンドウは軽く了承を返すと、そのまま洞窟から出ていった。
クー・フーリンは、ちら、とルーの方へと視線を向けた。ルーの瞳は固く閉ざされたままで、目を覚ます気配はない。
「……ここは本当に効果があるのか?」
「そうさな。ルーめの拠点に比べれば微弱なものではあるが、人が手を入れて整えたものにしてはよく出来とる。お主、ルーの事が気にかかるのか?」
「…それは………」
「まぁ親不孝ものだと言われてた、とか言われたら気にはなるよな」
「っ、凪子、言わなくていいっつーのに…」
「ほ??ルーの奴がそう言ったのか??」
首もとまで泉に浸かり、時たまぶくぶくと口元まで沈めたりしていた凪子は、言い淀んだクー・フーリンに代わりあっけらかんと暴露する。ダグザは凪子の言葉に目を丸くし、そのままルーを見下ろし、そしてクー・フーリンを見た。
ぽかんとしたような驚愕したような表情のダグザに見つめられ、クー・フーリンは居心地悪そうにたじろいでしまう。はぁ、とため息をつき、彼は移動時からずっと被っていたフードを下ろした。
「…気にしたことがあったのか、と問われると正直、無かった。確かに影の国に行くときや牛争いの時には助けられた、が――」
「父親と呼んでいいと思えるほど、息子らしいことをしたことも息子だという実感もなかった?」
「………人の内心を簡潔に遠慮なくまとめるんじゃねぇよ」
クー・フーリンは凪子の合いの手に毒づきながらも、否定はしなかった。