神域第三大戦 カオス・ジェネシス44

「キャスター、お前さんはずっと黙っとるが、お前さんも何か心当たりは?」
「………ん?あぁ、いや、アルスターサイクルはそもそもそう神が登場しない。神々の間で戦争が起きていて人間世界に影響が出ないとは考えられないしな、間違いなく異常だろう。…というか、俺の死んだ後の時間だから、俺よりそいつの方が確かだろ」
クー・フーリンは何か考えていたのか、ヘクトールの言葉に僅かに遅れて反応した。そしてすぐに肩を竦めてそう言ったので、ヘクトールもそれもそうか、と何度か頷いた。
「…しかし、なんだって戦争なんざしてるんだ」
「さぁー……というか移動しながら話そう、いつまでも森の近くにいたらタラニスにキレられそうだ。一度リンドウのとこ戻ろう」
「あ、はい、そうですね」
凪子の言葉に一行はいそいそとタラニスの森から移動を始めた。日は大きく西に傾きはじめているが、召喚サークルを設置した場所までは日が沈む前に戻ることができるだろう。
先導して歩きながら、凪子は視線だけ後方に向けた。
「今までの特異点の異常、っていうのはどういう形で起きてたんだっけ?」
「大体が聖杯の力に起因するものです。魔術王に選ばれた…というのでしょうか、何らかの人物の願望を糧に顕現していることが多いです」
「聖杯、ねェ。……神が人間の作った程度の願望器を利用するかな……」
凪子の言葉にヘクトールが渋い顔をしたのが見えた。ヘクトールもそこが引っ掛かっている、ということなのだろう。
話をざっくり聞いた限りでは特異点の起点となる要因は概ねサーヴァントの願望であるようだった。
「この時代にはダグザの大釜があるだろう、あれをベースにしてるんじゃねぇのか?」
「なんだお前、ダグザの釜見たことないのか?あれは無限の食料供給を行う釜であって願望器とは違うし、基本お粥しかでない」
「お、お粥?いや、それをベースに聖杯に改造してるのかもしれねぇって話だ」
クー・フーリンの意見に凪子は僅かに眉間を寄せた。
ダグザのことは関与したことがあるので、凪子もよく知っていたからだ。
「……ダグザは人間に手出しできるような存在じゃない、いや、神であってもだ。ダグザの大釜を聖杯に改造しよう、なんてことが起こりうるのなら、それはダグザが犯人である場合だけだ。そしてダグザが敵なのだとしたら、悪いが勝ち目はほぼないぞ」
「……そんなにか」
「ダグザ…トゥアハ・デ・ダナーン、ダーナ神族の最高神とされる神ですね。大釜が有名ですが、生と死の両方を司る棍棒を持つ、とか。しかし温厚で寛大な神であると語られていたと記憶しています」
マシュの言葉に凪子は頷く。その評論に概ね間違いはない。
「そうだな。人のいいおじいちゃん、って感じの神だ。だが温厚だからといって弱い訳じゃない、蛮勇を誇る神でもある。なんていうかな、あいつは[えらく器用]なんだ。それこそ、タラニスや光神ルーレベルを相手にするより骨が折れるぞ」
「…!」
「………………………ん??あれ?」
凪子はそこまで語ったところで、ふと、神話に頭を回しているところであることを思いだし、足を止めた。唐突に止まった凪子に、四人は不可解げに足を止める。
「なんだ、今度はどうした」
「…………ぽやぽやとしか地理は覚えてなかったからあんまり気にしてなかったんだけど、アイルランドとイングランドって場所違う??」
「違うに決まってンだろ、別の島だ」
「………ダグザやクー・フーリンが出てくるケルト神話の神話サイクルもアルスターサイクルも、“アイルランド神話群”だ。でも確かこの特異点、イングランドに反応あったよな?どういうこと??」
「……………あっ。確かに…えっ?」
―――そう。ダ・ヴィンチらが指し示していた特異点は、イングランドにあった。アイルランドではない。当たり前のように凪子は神話を語り、クー・フーリンもあまり否定しないで聞いていたが、正確にはその島は異なるのだ。
ここがアイルランドであるなら問題はない。だが特異点があるはずなのはイングランドだ。であるなら、レイシフトが成功しているのかどうか、というのが怪しくなってくる。
クー・フーリンも思い出したかのように眼を見開き、すぐに思案の表情を浮かべた。
「…そういえば特異点が発生したのはイングランドだったな。別のこと気にしてたから話半分に聞いてたが…確かに、そうなると位置関係がおかしくなってくる。タラニスはどうなんだ?」
「タラニスは確か、神話サイクルに該当する神話では語られてはいないんだ。ガリアやブリテンニアに信仰が残る、という程度だ。ブリテンニアの範囲にはイングランド…えーと、グレートブリテン島だっけ?は一応含まれてるから、イングランドなのはおかしくはない」
「ちょっと待て、じゃあ過去のお前はどっちにいたんだよ?道があってるってことはお前の記憶通り、お前がいた場所なんだろ、ここ」
「分からん!!」
「「はァ!?」」
堂々と分からないと言い張った凪子に、クー・フーリンとヘクトールは同時に驚愕の声をあげた。額に青筋を浮かべるクー・フーリンを、さっ、と凪子は制止する。
「言い訳させてくれ。まず第一に、ケルト神話において海は死の世界への境界だった。だから私が海を越えたのは大分後だったし、神々がそこをどう移動してたのか、移動をそもそもしていたのかも分からない。第二に、私が海を渡ったあとは確かに大陸についたが、その当時は地図がなかった。だからどこから出てどこに上陸したのかも分からない。第三に、ここの記憶は確かにあっているが、じゃあここがイングランドかアイルランドかという判別を私は知らないしすることはできない」
「…………確かにそうだけどな、悪いがアイルランドとイングランドは別物だ。そこがあやふやなままはよくねぇだろ」
「だったらもっと早く言ってよー!?」
「うるせぇなテメェとイレギュラーに気を張ってたからそれどころじゃなかったんだよ!」
「お、お二人とも落ち着いてください…!」
ぎゃーぎゃーと言い争う二人に慌ててマシュが仲介に入った。