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カルデアの善き人々―塔―29

じゃあ僕は一旦失礼するよ、と言ったサンソンを、彼は部屋の入り口まで送った。そうして自室に帰ろうとするサンソンに、ふ、と彼は口を開いた。
「……サンソンさん、俺、あの仕事が、怖かったんだって、気が付いたんです」
「怖い……かい?」
サンソンは彼の言葉に意外そうに足を止め、彼を振り返った。
「あの仕事は、俺みたいなぱっとしないのにドクターロマンが任せてくれた仕事で…俺にしかできないんだって、俺がやるべき役目なんだって、自負というか自信というか、プライドみたいなの、あるにはあるんですよ、確かに」
「うん」
「……でも、あそこにいるマスター候補生は、皆藤丸のように世界のために闘うはずだった。闘える人間だった。…その時点で、俺にとって、彼らは俺より価値がある人たちだと」
「!…………、そんなことはないと言いたいけれど、君はそう感じているんだね」
サンソンは彼の言葉に視線をさ迷わせたが、彼の意図を尊重したか、否定はせずにそう返してきた。彼もサンソンに苦笑を返す。
「はい。医療スタッフやってますが、俺も魔術師の端くれなので、やっぱり。……だから、自分の命より価値があると思う彼らの命を預かることが、純粋に怖かったんだな、と」
「………誰かの命の手綱を握るというのは、そうだね。恐ろしいことだと、僕も思う。……僕は、そうして握った命を奪うことの方が多かったけれど」
「…………、……………」
サンソンの言葉に彼は言葉を返せない。
命が失われないように責任を負うこと。命を奪うことに責任を負うこと。それを単純に比べることはできないし、そんなつもりもないが、「命が失われる」ことに対し感じる「罪」の重さは、自分の場合は奪うことの方が辛いだろうと漠然と思う。

それはきっと、サンソンも。

「…でも、なんか。それも、怖いんだって自分が思ってることがわかったら、向き合いようもあるんだなって、そう思って」
「…………そうか。それは、よかった」
「サンソンさんが、あそこに俺を一人にしてくれたお陰です。ありがとうございました」
「ん…君にとって、良い方向に働いたなら、僕も嬉しい。それじゃあ、そろそろ。おやすみなさい」
「サンソンさんも、おやすみなさい。付き合ってくださってありがとうございました」
「いや、こちらこそ、君と話せて、得るものがあった。ありがとう、それじゃあ」
ーサーヴァントは睡眠がいらないとは聞くが、彼はおやすみなさい、とサンソンに返した。サンソンはにこりと笑うと、その黒い外套を翻し、節電のため電気がほとんど落とされた廊下の闇へと消えていった。
彼は、ふぅ、と息をつくと部屋に戻り、施錠を済ませると電気を落とした。昼間寝ていたようなものだが、早々に布団で眠ることにした。

俺は、怖い。
俺は、苦しい。
俺は、辛い。

でもだからといって、どうして、なぜとそれを考えすぎても負担になるだけだ。今日は、自分はそうなのだと。それが分かっただけで、よしとしよう。
彼はそう考えて、ベッドへ身体を横たえた。普段は雑に被っている布団も、なんとなく丁寧にはおる。
「…………」
ちらり、とサイドテーブルにおいた時計に目をやれば、いつの間にか日付が変わっていた。
今日、目が覚めたら。まずはドクターに迷惑をかけたことを謝りにいこう。そのあとは医療スタッフメンバーに、余裕もあれば、食堂を騒がせたことも謝りにいこう。
そして、伝えよう。まだまだ何も解決はしていないけれど、それでも分かったことはあるのだと。そしてこれから、自分が向き合っていくべきことも分かったのだと。
「………、おやすみなさい」
彼は一人、誰かに伝えるようにその言葉を口にすると、目を閉じた。


その夜は、久しぶりに夢を見た。
カルデアに来たばかりの、ここでなら自分は特別な何者になれるかもしれないと夢を抱いていた頃の夢だ。
今の自分に、そこまでの夢を持つことは難しいと思いながらも。
彼は確かに、穏やかさと暖かさをその夢に感じるのだった。

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