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カルデアの善き人々―塔―26

「どうぞ……」
「失礼」
話がしたい、というサンソンを、彼は一先ず自分の部屋へと招いた。彼としては早く今日のことを忘れてもらいたいくらいなのだが、どうにもサンソンの顔が自分が浮かべているだろうそれと同じくらいに酷く見えたので、遠慮してくれとも言えず、彼の提案を受け入れたのだった。
相変わらずなにもない自室を漁り、インスタントのコーヒーを見つけると、それを淹れてサンソンに差し出した。ありがとう、と礼を言ってサンソンはコーヒーを受け取り、サンソンは椅子に、彼はベッドに腰を下ろした。
「………あのー……」
「うん?」
お互いにコーヒーをすすって暖をとった。サンソンは何を話したいのだろう、と彼がちらりとサンソンの顔を見ると、どうにも言いあぐねている様子だったので、彼の方から口火を切った。
サンソンは僅かに驚いたように彼を見たが、柔らかく笑いながら、なんだい、と続きを促してきた。何も考えていなかった彼は少し慌てたのち、そもそもの疑問を口にすることにした。
「…その、食堂で俺が大騒ぎした後、何がどうなってサンソンさんがあそこに…?」
「あぁ、それを説明していなかったね」
サンソンは合点がいったというように何度か頷き、コーヒーのカップを両手でもった。
「まず、僕は医務室に血相を変えて飛び込んできたドクター・ロマニから事の次第を聞いたんだ」
「ドクターが…?…何か言ってました?」
つい最近、いらない心配をかけたばかりのロマニから聞いたとあって、気まずさが加速する。ロマニの耳に入らないはずがないことは分かっていても、それで彼が走り回っていたとなると申し訳なさが際立つというものだ。
その辺りの事情を知らないサンソンは、特に気にするでもなく話を続ける。
「君のことをかい?どうだろう…ひどく心配していたのは確かだ。事情を軽く説明して、医務室に君がいないと分かるなり、別の部屋へと走っていってしまったから」
「事情っていうのは具体的には…………」
「君が女史のいつもの調子に巻き込まれて、君も触れられたくなかったことに触れられてしまったらしい、といったくらいかな、あの場にいた者が知っているのは。ナイチンゲール女史は医務室にいればその特殊さというか…苛烈さというか…なんというか…それは分かるからね、それは大変だったろうなぁ、と」
「そう……ですか」
精神が病んでいると指摘されたことが拡散されていないのであればーとはいえ、食堂にいた人間からいずれ広まってしまうのではあろうがー、まだ誤魔化しようや切り抜けようもあるだろう、と彼はほっと胸を撫で下ろした。
サンソンはじ、とそんな彼を見た後、ふふ、と小さく笑った。
「君が具体的にどう病気なのかはドクター・ロマニも特には触れていかなかったから、僕はよくは知らない。他の医療スタッフは過労とストレスだろうと言っていたけれどね」
「ははは……」
ごもっともな同僚の推察には思わず笑いがこぼれる。もし自分が違う立場でも、具体的なことを言われなければそう考えるだろう。
そうして笑った彼にサンソンはどこか安心したように笑いながら、コーヒーカップをくるくると回した。
「皆医療に携わる人間だ。それでももちろん心配はしていたから、いずれは説明してあげてほしい。ああ…それと、ここでそうした疲弊だとか精神的な磨耗を感じない人間の方がいないのだから、それを彼女に病気認定されてしまったとしたら、自分達も言われてしまうだろうからどうしたものか、とも言っていたかな」
「!」
続いたサンソンの言葉に、彼ははっ、と僅かに目を見開いた。確信犯だったらしいサンソンは、そんな彼の反応に柔らかく目を細めた。
「…その反応を見るに……そしてあの部屋にこもったことを思う辺り、やはり精神的なものなのかな、病気だと言われたのは」
「…………まぁ……その………なんというか………」
「言いにくいなら無理に言わなくてもいい。そういう…悩みというか、葛藤というか……そういうのを言葉にしづらいというのは、分かるつもりだ」
「サンソンさん………」
意味深長のようにも感じられるサンソンの言葉遣いに、もしかしてサンソンのような、英霊になるような者でもそういう経験があるのだろうか、とふと思う。
彼は自分のコーヒーカップを見下ろした後、サンソンに視線を向けた。
「…あの部屋に最初に来たのは、あなたですか?」
「他に先に見つけたけど誰にも言わなかった、というような人がいなければ、僕だ」
「…………あなたは、あそこに俺がいると思った?」
サンソンは彼の問いに、小さく笑んで、頷いた。
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