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我が征く道は65

こつ、こつ、と音をさせて、凛がゆっくりと屋上に出てくる。どうやらうやむやにしたまま、退散してはくれないようだ。
さてどうしようか、と凪子は悩む。じっと黙っていれば気付かれることはないだろうが、そうなるとおちおち落ち着いて観戦もできない。
「(…、かといって戦闘のじゃまするのもなぁ……)」
「なによ、姿を見せることもできないの?案外臆病なのね」
「(好き勝手言いやがって……)」
参戦している身である凛に手出しをする、というような羽目には陥りたくない。
場所を移動してしまおうか。だがそれも動いた音で気付かれそうだ。
「(うーん……)」
「…………」
凛の方は、おそらくキャスターのマスターが葛木である掴んでいないのだろう、誰も見えていないだろうに慎重に辺りを探りながら歩き回っている。
「(…仕方ない、商品は使いたくなかったんだけど)」
ごそ、と鞄の中身を静かに漁る。
派手にやり過ぎてアーチャーを呼び出されてしまうと元も子もない。かつ、身バレを防ごうと思うなら必然的にルーンは使えない。また、アーチャーが魔術師よりな事を考えると、魔力も自分のものを用いない方がよさそうだ。
と、なれば。
「(静かなりし森の奥 惑う現世に命なし 祈り信仰共に亡く 稀有なりし紋様露と消え)」
ごそり、と取り出したのは、小さな藁人形だった。日本でも定番の呪術道具だが、日本の藁人形とは違い、胴体には檻のようなものが形作られていて、しかしその中身は空っぽだった。
凪子はそれを、とん、と自分の前に置いた。すいすい、と、円状の模様を藁人形の足元に、同時に取り出していた水銀で描く。水銀は大気中のマナを吸いとって黒く光る。
「(怒りたまえ忘れられし神聖を 許したまえ我が蛮行を 餓え乾きしその檻を この地の血脈より満たしたまえ)」
ぼっ、と、藁人形に火が点る。凪子の所有から逃れたそれは凪子のルーン飴の効果対象外となり、凪子はぽい、とそれを凛のいる方へと放り投げた。
「!」
素早く凛が振り返る。認識したそれに攻撃を当てようと、正確に左腕が向けられる。
「(燃えよ堅牢烈火の如く 沈めよ魂樹海の闇に ここに至るは太古の儀式 目覚めよ 作られたまいし木々の軍人―ウィッカーマン!)」
長い凪子の詠唱が終わると同時に、その藁人形が勢いよくはぜた。
「なに!?」
凛が魔術刻印を用いて放ったガンドは、弾かれるのではなくその燃え盛る藁人形に吸い込まれる。炎の勢いを増させた藁人形は、ぐぐ、と一人でに動き―

―凛と同程度の大きさに巨大化した。

「!?炎の使い魔…?!」
「(残念、間違った使われ方でキレてる呪術道具でーす)」
凪子は凛の驚いたような言葉に心のなかでそう突っ込み、その隙に給水塔を蹴った。バチバチと藁人形がはぜる音で、その跳躍した際の音はかき消される。

ウィッカーマン。
古来、ケルトで儀式に用いられた、木で作られた巨大な人形だ。本来はその胴体にある檻に人間を詰めて、生きたまま火をつけ、生け贄として神に魂を捧げるために使われるものだ。

凪子は、その檻を空洞にしたまま、擬似ウィッカーマンを発動させた。魂を持たないウィッカーマンは、本来のつとめを果たすことができない。だから、捧げるための魂を探し、暴走するのだ。
今回のウィッカーマンは藁で出来ている上に小さい。凛の魔力攻撃を何発か食らえば満足するだろう。その隙に、とりあえず別な場所に移動してしまえ、という判断を下したようだ。

「(ライド!)」
跳躍したついでに靴裏に車輪、旅のルーンを刻み、勢いよく跳躍した。ライドのルーンを刻むことで一時的に空中でも自由に“立つ”ことができる。
「(さーて、どこがいいか…)」
適当にぴょんぴょんと跳びながら、とりあえず二人が傷をつけていったビルの上に降り立った。
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