作 百田尚樹
講談社文庫


ずっとずっと戦争物は敬遠していました。
ファンタジーや創作もの、ロボ系の戦争は心躍るのに、坂の上の雲も楽しく読んでいたのに、この時代の戦争物はどうにも近寄りがたい気持ちを持っていました。
それはきっとあまりにも、実際にあったこととして時代が近すぎるというのが理由の一つであり、小学生の時に読んだ『白旗の少女』が衝撃的だったのもまた理由の一つだと思います。
同じ昭和に生まれた人間として、歴史にするには近すぎる。それも実際に自分自身の体験ではなく、祖父や祖母の時代というのが、時間に対する絶妙な距離感で、戦争の体験談の本を見るに戦時中の生活はどれも苦しいものであり、それを触れてはならないものと感じてしまっていたのかもしれません。
しかし、今回の映画化にあたり、どうしても映画を見る前に原作を読もう(『天地明察』も原作を先に読んで映画に行きました。それがよかったのかどうかはともかく)と決めて、この文庫だと解説を含めて589頁もある分厚い本にようやく手を伸ばした次第です。

初見の作家さんの本というのは、手を伸ばす時に自分で十分に吟味するか、人に勧めてもらうか、映画化で気になるか、と大体この三つなんですが、いつもはこう…初見の方の文章にまず慣れるところから始まるんですね。雰囲気を掴むといいますか。それがこの百田先生はさらっと、入っていけました。雰囲気を掴む必要もない。
そのまま自然な流れで読み進めていくことが出来ました。ラバウルの話になるとどうにもその辛さに読む手を止めかけてしまいましたが、それを上回る程に宮部久蔵という人物が魅力的でした。

井崎さんの話がとても印象的で、あまり素行が良いとはいえない孫にも話を聞かせる場面では感慨深いものがありました。戦時中に平和になった世の中を夢見て、縁側に座って昔話をするように戦争での話を聞かせることを考えていたシーン。そしてそれを聞いて改心する孫。
もう本当に、私達と同じ世代までだったのではないでしょうか。
私が小学生の時、戦争のことを学ぶにあたって祖父母から戦時中の話を聞く、という宿題がありました。生憎と両祖父母は遠方に住んでいたため、夏休み等を利用して帰省する際に少しだけしか聞けませんでした。それでも実際に体験し、生活していた方の話というのは尊いものだと今ならば理解出来ます。当時は宿題で、やっていましたが(笑)
今の小学生の祖父母というのは年齢的に戦後の方、或いは若い方であれば私の両親と同じくらいなのではないでしょうか。戦争の体験をした年代はもう消えつつあります。私の祖父も数年前に他界しました。
本当にその当時を知る方が、いなくなるということはどうしようもないとはいえ惜しまれることだと思いました。
作中でも、多くを語ってくれた井崎さんは亡くなってしまいます。しかし、主人公の健太郎達と一緒に話を聞いていた井崎さんの孫には大きな変化をもたらしました。それは生き方という形として。

景浦さんの話に至っては、理解した時には叫びだしたいほどの衝動でした。
宮部さんを憎んでいたはずの景浦さん。最後まで共に出来なかった景浦さんの戦後とその生き方。

作品の最初と最後にあったプロローグとエピローグの、本当に最後の最後まで泣き崩れてしまいそうな内容でした。エピローグがもう…もう!!!

解説では今は亡き児玉清さんの熱い思いが込められていました。
児玉さんの解説は格式ばっていない一読者としての熱い気持ちが感じ取れました。

戦時中の、宮部さんと、宮部さんの話をしてくださった方の様々な想いと、生き方、死に際。たくさんの人生が濃縮された一冊。これがデビュー作という百田先生にはただただ脱帽すると同時に、素晴らしい作品を生み出してくださったことに感謝したいです。
本当に、ありがとうございました。