前のおはなしはこちらから

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それから後のことは嵐のように過ぎ去っていったので端的に語ると
予想していた「あそんで」攻撃に、俺達は為す術なく巻き込まれた。
お絵描きをはじめ、絵本の読み聞かせ、こととプラレール、寿美とネイル(お湯で落ちるヤツ)、就也が帰ってきたらゲーム、積み木遊び、粘土遊び、美容師ごっこ、などなど。
気付いたら夕飯が出来てて、気付いたら俺の横でコイツが美味しそうに出来たての唐揚げを口に運んでいて、相変わらずチビ共は落ち着きがなくて、怒涛の展開続きで目が回りそうだった。比喩的表現じゃなく、物理的に。

「はい、いっぱい食べてねぇ」

「うわあ、ありがとうございます。すごく美味しそう」

お袋が追加のおかずを運んでくる。
ポテトサラダと、野菜たっぷりの中華スープだ。鍋ごと入ってるそれらに、チビ共がわっと飛びつく。
手元にあった空いてるお椀を手に取り、適当によそって隣の女に渡してやると、小さくありがとうと返ってきた。

「あーあ、こと、めちゃくちゃこぼしてるじゃんか」

「あっ!就也、それあたしのだってばっ!」

「ちがいまーすおれのでーす」

「げんにい!ことねぇ、いっぱいたべるよ!」

「……」

「さねにい、これどーぞお」

俺の皿に、弘からの容赦ない唐揚げ攻撃。小皿から溢れるくらい乗せられたので、ありがとなと頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた。

「寿美、就也、まだたくさんあるだろーが。メシ中に喧嘩すんな」

「だって実兄、就也が」

「ちがうよすみ姉ちゃんが」

「分かった分かった。お前らの言い分は後で聞いてやるから今は黙って食え、いいな?」

「兄貴、すみが味噌汁こぼしたからちょっとすみのこと見てて」

「おい、すみにかかってねぇだろうな?」

「さねにい、すみ、だいじょぶ!」

「あーっ!すみ、暴れるな!またなんか倒すだろ」

「さ、実弥ちゃん、なんか手伝う?」

この状況にたまりかねたのか、俺を気遣う声がする。
隣に目線をやると、女が心配そうな目で俺を見つめていた。大丈夫、と言われたら大丈夫じゃねぇんだけど、これが日常茶飯事なのでもう慣れっこだ。

「あー……とりあえず大丈夫だから、飯食ってて」

立ち上がった瞬間、大人しく飯を食っていた貞子も俺に倣うように立ち上がる。
俺がことの座っているところに着くより先に、貞子が俺に抱きついてきた。

「貞子、もうごちそうさまか?」

さっきまで貞子が使っていたお椀と小皿には、食べていたものがちょこんと取り残されている。
貞子は首を横に振って「さねにいといっしょがいい」と小さく訴えてきた。思わずため息が出る。あまり甘やかすのも良くないよなと思いつつ、貞子を抱っこしてやる。それからことに味噌汁がかかってないかを確認して、貞子の食べ残しを俺が座ってる席に移動した。後始末は玄弥がやってくれるだろう。

貞子を膝の上に乗せて、自分の分を口に運ぶ。ドタバタしすぎて、味なんか分かりゃしねぇ。
貞子はと言うと機嫌よく足をぱたぱたさせて、ピンク色の箸で残っていたご飯を食べ進めていく。どうやらごちそうさまにはまだ早いらしい。

「実弥も玄弥もありがとねぇ。弘、ご飯全部食べた?」

台所からエプロンを外しながらお袋がやってくる。これでちょっとはチビ共も大人しくなるだろうか。

「見ての通り」

「あらー、食べきったのねぇ!弘、すごいねぇ」

「おわった!」

椅子に座っていた弘が笑顔でお袋に手を差し出す。お袋は細腕で軽々と弘を抱っこして、ついでに弘が使っていた食器類を片付ける。すると、隣の女が立ち上がって慌ててお袋に近寄っていった。

「お手伝いします」

「あらあら、いいのよ!座って食べていて」

「ありがとうございます。もう食べ終わったので、お手伝いさせてください」

その言葉にビックリして隣を見ると、すっかり空になっている。あれ?俺、コイツにメシをよそったのってついさっきじゃなかったか?時計を見ると、最後に見た時間からもう数十分は立っていた。そりゃメシだって食い終わってるか。

「いいのよいいのよ!それより実弥、この子を家まで送っていってあげて」

言われなくてもそうする予定だった。外は夏が近いと言うのにすっかり黒に染まっている。

「あなたがよかったらまた家に来て!みんな喜ぶし、私もご飯の作りがいがあるわぁ。ウチの旦那にも会わせたいし、ねっ」

「親父はダメだ、めんどくせぇから」

結婚前の顔合わせじゃねぇんだし、親父に会わせるとあれこれ聞いてきそうだから俺としては遠慮しておきたい。
それはそれとして、俺の傍から一向に離れようとしない貞子をどうするか。
何かを察したのか、貞子は大声を出して「やだー!」と俺の膝の上で暴れ始めた。

「さねにいだっこして!だっこー!」

「貞子。兄ちゃん今日、いっぱい貞子のこと抱っこしてあげただろ」

「やだ!もっと!もっとがいい!」

いい加減にしろと言いたい気持ちを、ぐっと堪える。いつもなら聞き分けがいいのに、他の女と話すだけでこんなにわがままで七面倒臭くなるのか、俺の妹って。
なんて言い聞かせようかと考えていると、後片付けを終えた玄弥が貞子を無理矢理引っペがした。途端、泣き叫ぶ貞子。

「兄貴、貞子は俺が何とかしておくから」

「なんとかって……」

玄弥の腕から逃れようと暴れる貞子。
そんな貞子を上手く宥める玄弥。
あまりにも暴れるので、隣の女が若干引いている。

「……す、すごい泣いてるけど、大丈夫なの?」

俺もこんな貞子を見るのは初めてだった。返答に困っていると、寿美が俺と女の手を無理矢理引っ張る。

「実兄、今のうちに行っちゃいな!」

「お、おい寿美、」

「貞子なら玄兄とあたしがなんとかするから!お姉ちゃん、今日はありがと!次こそ実兄との恋バナ聞かせてね!」

「えっ!?」

ほらほら!ぐいぐいと背中を押され、玄関に追いやられる。
じゃあねと別れの挨拶をした寿美は、振り向かずに居間へ戻って行った。

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「折角の休みだっつーのに、俺ん家の都合に振り回しちまったよなァ。ホント申し訳ねェ」

街灯が頼りなく光る道を、並んで歩く。
本日何度目の謝罪か分からなかった。

「ううん。みんなに会えて嬉しかったし、楽しかったよ」

伸びをしながら女は言葉を続けた。

「それにしても、実弥ちゃんって『お兄ちゃん』なんだなって」

「そりゃそうだろ」

「そうなんだけど。こないだスーパーで会った時もそうだし、なんかお兄ちゃんってすごいなって」

「まァ……兄ちゃん、だからな」

「わたしのお兄ちゃんよりずっとかっこいいよ」

「はぁ!?」

予想外の言葉に、素っ頓狂な声が出た。コイツ、兄弟いたのか。そう言えばお互いの家族構成の話なんてしたことなかったか。
玄弥のことは学校で見たことあるからともかく、他の兄弟姉妹の話なんてしたことがなかった気がする。
そりゃそうだよな。家族の話なんてキッカケがなきゃ話題にすら上がらないし、緊急性がない限りこっちから聞く必要もない。
同級生なのに、同級生だからかもしれないが
まだまだ知らないことだらけだ。

「あーあ、実弥ちゃんがお兄ちゃんだったら友達に沢山自慢できたんだろうなあ」

俺がコイツの兄ちゃんだったら。
それって近親何とかだろ。と考えて、バカか俺はと心の中でツッコんだ。

「お前が妹だったら、俺は毎日お前に数学を叩き込んでるなァ」

「お兄ちゃんなんだから優しく教えてよね」

「バーカ、お兄ちゃんだから厳しくするだろォ」

車通りが多く、明るい道に出る。家の場所を聞くと、こないだ会ったスーパーの近くなんだとか。家の前まで送ると申し出ると、スーパーまでで大丈夫と断られた。

「家の前まで送るってセリフ、中学生とか高校生が言うセリフみたい」

「馬鹿野郎、夜道を女ひとりで歩かせる訳にはいかねぇだろ」

「20越えてる女なんだから襲われないって」

「変質者はそんなこと気にしねェ」

「あっ、まるで自分が変質者みたいな言い方」

「なんだってェ?犯すぞこら」

「きゃーっ」

「あっ、待て!」

人混みのなかで走り出そうとした女の手首を掴む。こんなところで走るんじゃねぇ危ねぇだろ。強めに言うと、くすりと笑われた。

「何笑ってんだよ」

「いや……ごめん。お兄ちゃん、頼もしいなって」

「俺はお前のお兄ちゃんじゃねェ」

そう、俺は。
お前の兄ちゃんでもないし、甘ったるい関係でもない。
俺達はただの同級生で、ただのセフレで、でも。

なんだか時々、分からなくなる。


曖昧な気持ちで引き止めるほど子どもでもなくて


「……実弥ちゃん?」

名前を呼ばれて、ハッとした。よほど深刻な顔つきだったのか、見つめる瞳がふるりと揺れている。
なにもかも誤魔化すように、額を軽く小突いた。