わたしとあなたは同級生、だったから。
まあそうだよね、地元でばったり会う可能性だってあるわけで、

「……実弥ちゃん?」

「……あ?」

休日、そんなに天気がよくない昼下がり。
たまたま家の近くのスーパーに買い物に出かけたら
同じ学校で働く同僚の実弥ちゃん──と、実弥ちゃんを取り囲む色々な背丈の子どもたちと偶然出くわして
スーパーの入口付近で、お互い目を丸くした。

なんでここに?

言いかけて、やめた。
わたし達は中学の同級生で、お互いの実家が変わってなければ
地元のどこかで鉢合わせることだって考えられるわけで。
でも、まさか、こんなところで。

「さねにい、だれ?」

実弥ちゃんの足にぎゅっとしがみついてる、変わった、でも見たことがある髪型の
小さい子(かわいい)が、わたしを見てそう言った。
さねにい、というのは
きっと彼の愛称だろう。

「あ、わたしは──」

中学時代の同級生です。
同じ学校で働いてます。
どちらを言おうか迷った隙間、実弥ちゃんの隣にいた女の子がわたしを見て
ニヤリと、怪しげに笑った(その顔、実弥ちゃんそっくり)

「あー、分かった!実兄の彼女だ」

かのじょ!?
その一言に、わっと子ども達が盛り上がる。

「かのじょってなにー?」

「付き合ってるってこと!」

「おとうさんとおかあさんみたいに?」

「それはケッコンっ」

「けっこーん!」

やいのやいのと、当の本人達を置いて盛り上がり始めたから。

「うるせぇ!お前ら、兄ちゃんまだ何も言ってねぇだろーが!」

一番背の高いお兄ちゃんが、一喝した。

---

どうやら家族でここのスーパーに買い出しに来ていたらしい。
そういえば先週「土日予定が入ってるから、今週は無理だわァ」なんて、あらかじめ言われてたんだっけ。

いつも週末はなんやかんやで一緒にいることが多いわたし達だけど
付き合ってない中途半端な関係で、だからある一定の距離があって。
お互いプライベートを詮索しないしされないから、適当な返事をした記憶がある。

まさか地元で家族サービスをしていたとは。

と言うか、実弥ちゃん、こんなに兄弟姉妹がいたんだ。
兄弟って玄弥くんだけじゃなかったのか、と、実弥ちゃんの家族構成をこの日初めて知った。

「えーっ、じゃあ実兄と同じ学校で働いてるのぉ?」

わたしの顔を覗き込んできたのは、さっきと違う女の子。
身長も高めで、着ている服から察するに
大体中学生くらいかな?という印象だ。

「うん。えっと……」

「あたし、寿美」

「寿美ちゃん」

「うん。で、ことに就也に貞子。弘と玄兄は留守番してて」

「ちょ、ちょっと待って」

寿美ちゃんはぽいぽい指差しながら早口で兄弟姉妹の紹介をし始めたので、目線も思考も追いつかない。

「えーと?きみがことくん」

「おれ、就也!ことはこっち」

「あーごめん、きみは就也くんね。ことくんはきみね」

実弥ちゃんの足にしがみついている小さな男の子の名前を呼んであげると、少し照れくさそうに笑った。

「そしてあなたが貞子ちゃん」

もう一人の、これまた小さな女の子に話しかけると
女の子は実弥ちゃんの後ろに隠れてしまった。

「おい貞子、俺の足でかくれんぼしないの」

「えー!かくれんぼ!おれもするぅ」

就也くんはそう言うと、わたしの後ろにさっと隠れる。
それを見た寿美ちゃんも「あたしも隠れる!」なんて楽しそうにわたしの後ろに隠れたから。
わたしと困り顔の実弥ちゃんのふたりが向かい合う形になって
その光景がなんだかおかしくって
ふふっと笑みがこぼれていた。

「お前らなあ、遊んでるとお菓子買ってやんねーぞ」

あ、それ、強烈な脅し文句。
就也くんと寿美ちゃんは急いでわたしの背中から飛び出した。
と思ったら、ことくんがわたしの目の前に飛び出してきて、無防備だったわたしの手をきゅっと握ってきた。

「ふぇっ」

急展開に、変な声が出る。

「こーら。こと、お姉ちゃんに迷惑かけるんじゃねぇ」

お姉ちゃん。
血が繋がってるわけじゃないのに「お姉ちゃん」なんて呼んだのは
きっとその呼び名の方が、小さい子に伝わると思ったからだろう。
ほんと、実弥ちゃんってお兄ちゃんなんだな。今更だけど。

ことくんは首をぶんぶんと横に振り、「おねえちゃんといっしょにいく」と、わたしの手、と言うか指を強く握る。
すると今度は寿美ちゃんがことくんの逆に立ち、わたしの腕に自分の腕を絡ませてきた。

「あたしもお姉ちゃんと一緒がいい!」

「あ!ふたりともずるーい!」

それを見ていた就也くんがじたばたしながら「さね兄おれも!おれも!」と、あざとかわいいおねだり発動。
ただ、一番上のお兄ちゃんは下の子達と違って
全然かわいくない顔をしていた。
(でもそんな顔しながら就也くんの手を握ってあげるの、やさしい)

「人様に迷惑かけんじゃねぇっていつも言ってんだろーが!さっさと離れろ」

「やだもーん。実兄のケチ」

寿美ちゃんが実弥ちゃんに向かって意地悪く舌を出す。
寿美!と声を荒らげた実弥ちゃんを、まあまあと宥めた。

「不死川家はこれから買い物なんでしょ?わたしも買い物に来たんだし、付き合うよ」

「はぁ!?お前、何言っ、」

「それに、こんなにぎゅってされたら離せないと言うか……」

ぎゅってされすぎて指が痛いんだけど、それもまたかわいい。
いいでしょ実兄、このお姉ちゃんもそう言ってるんだし。寿美ちゃんの追い討ちと
実弥ちゃんを無言で見つめることくんの圧。
はやくいこうよー!就也くんのかわいいわがままに
実弥ちゃんの服を無言で引っ張る貞子ちゃん。

お兄ちゃんに勝ち目は無い。

「……ったく、」

スーパーの喧騒に溶けそうな、ため息混じりの「ごめん」。
気を遣わせないように「なんのお菓子買ってもらおうかな?」なんて、おどけてみせた。

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どうやらすっかり気に入られてしまった、らしい。
貞子ちゃん以外の子ども達はわたしから付かず離れずで
喧嘩しながらわたしのふたつの手を奪い合うっている。

なんて容赦のない争い。

そしてやっぱり年齢が下になればなるほど非力でか弱いので
途中でことくんが泣いてしまった。
どうすればいいのか分からずあたふたしていると、ことくんの泣き声を聞き付けた実弥ちゃんがものすごい形相で駆けつけてきた。

「お前ら、何してんだ!」

「ごっ、ごめん!」

怒られたことにびっくりして謝ると、実弥ちゃんは「あ、いや、お前じゃねェ」と、慌てて訂正する。

「就也!寿美!」

就也くんと寿美ちゃんは実弥ちゃんの(鬼のような)顔を見て、しゅんと俯いてしまう。

「実弥ちゃん、そんなに怒らなくても」

「ことはまだ小せぇんだから優しくしてやれっていつも言ってるだろ」

「……」

「……」

あー。これ、ふたりとも泣くのでは?
どうしよう、ここで泣かれるとお店に迷惑がかかるのでは。
というか、監督不届きだったわたしが一番悪いのでは。
実弥ちゃんほんとごめん。
おろおろしてるわたしを横目に、実弥ちゃんはかがんで優しくふたりを諭す。

「兄ちゃん、お前らが喧嘩してる姿なんて見たくねぇな。悲しくなっちまう。ほら、就也、寿美。ことにちゃんと謝って許してもらえ」

……普段生徒のことをスマッシュしてる人物とは思えないくらい、優しい声色だった。
ごめんなさい。ごめんね。
いいよ。
無事に仲直りした3人は、わたしのことなんてもうすっかり眼中になくて
実弥ちゃんの後ろにいた貞子ちゃんと4人で仲良くお菓子コーナーへと向かっていった。

「……ごめん」

「あ?」

「ことくん、泣かせちゃった」

「んなの気にすんなァ。俺なんかしょっちゅうアイツらのこと泣かしてるわ」

「でも、」

口を開こうとしたわたしを、実弥ちゃんが遮った。

「逆に付き合ってくれてありがとなァ。いつもならお袋もいるんだけどよ、一番下の弟が今朝吐いちまって、今かかりっきりで診てんだ」

「えっ」

それって大丈夫なの?
わたしの問いに、まだ小さいからよくあることだと話してくれた。
それってよくあること、なんだ。
想像がつかない。

「だからアイツらもお前のこと、お袋みたいに感じてんじゃねぇかな。気ぃ遣わせちまって悪い」

「えっ、あ、いや」

「っと、俺ん家の話はどーでもいいんだわ。ほら、行くぞ」

買い物かごにたくさんの商品を詰め込んだ実弥ちゃんが歩き出す。
小走りで大きな背中を追いかけた。
学校で見かける後ろ姿とは全然違うから、別人みたいに見えて。
少しだけ、戸惑った。

---

「マジ助かったわ。ありがとなァ」

なんとか買い物を終えて、買ったものを不死川家の車に詰め込む。
黒の、大きなファミリーカーだ。
たくさん商品を詰め込んだはずなのに、まだまだ余裕がある。
……というか、ファミリーカーなんて見るの初めてかも(わたしの家にある車は軽だし)

「っていうか、わたしの分まで買ってもらっちゃったけどいいの?」

買い物袋に入ってる、アイスやらお菓子やらお酒やら。
全部実弥ちゃんに払ってもらった、わたしの買いたかったもの。
実弥ちゃんは車の窓から身を乗り出し、肩を竦めた。

「まァ、迷惑料ってことで」

「……なんかごめん」

「謝ることなんかねぇだろ」

んじゃまた学校でなァ。
車のエンジンがかかる音。
一歩下がって車を見送ろうとした時、だった。
後部座席から、寿美ちゃんとことくんが顔を出して抗議の声をあげる。

「えー!おねえちゃん、ばいばいなの?」

「うちに来なよ!玄兄と弘もいるし!」

「おいこら、弘は今日具合悪くて寝てるんだぞ」

「おねえちゃんとばいばいやだ!」

ことくんがいやいやと首を振る。
ふたりともかわいい。
……じゃなくて。

「ことくん、寿美ちゃん。今度遊びに行くから、それまでふたりとも仲良しでいてね」

ことくんの頭を撫でてあげる。
ことくんは瞳に大粒の涙を溜めていたけれど、うんと大きく頷いた。

「お姉ちゃん、絶対に来てね!約束ね!恋バナしよ、恋バナ」

「こいばな、」

寿美ちゃんのなんてことない一言なのに狼狽してしまった理由なんて、きっとひとつしかなくて。

「ごめん。お姉ちゃん、今恋バナはない、かな……?」

実弥ちゃんの方に目線を向けると、ふいと逸らされる。
わたし達付き合ってないし、わたしのことをフォローする義理なんてないし、
それはそうなんだけど、そうじゃなくて!

「ふーん」

なにか言いたそうな寿美ちゃんの目。
見つめ返したらなにかバレそうな気がして。
その前に、不死川家に別れを告げた。
小走りで駐車場を抜ける。

(あーもう、実弥ちゃんのバカ)

恋なんかじゃない恋なんかじゃない、この気持ちは絶対に恋なんかじゃない!
大股で帰路に着くわたしの頬を、夏風がすり抜けた。