ぶつり、と千切れる夕焼け雲
その下で橙色 に染まる世界。

切り取られた空間に息苦しさを感じるのも慣れっこになった。
実感が沸かないけれど、いつしか全身におんなじ匂いをまとっていた、らしい。

おかしな共犯関係、有刺鉄線の向こう側。


みんなに内緒の限られた場所で秘密の逢瀬 、少しだけ冷たいてのひらがあたしの頬を優しくなでた。






「何考えてんの」


開け放った窓、生温い風が黄ばんだカーテンを揺らしている。

あたしは息がかかる程に近くにいた、眼鏡をかけた男に視線を移す。
そこにいつものだらけた雰囲気はなく、レンズの奥にある真面目な眼差しに思わずぷっと噴き出してしまった。


「ちょ、おい、そこ笑う所じゃねーだろ」


むすっと、口を尖らせて不貞腐れるその姿が子どもっぽくてなんだか可愛かった。けどそんなこと言ったら益々不機嫌になるから言わないでおこう。
ホント空気読めねー奴だな、KYだお前は、KYマスターだとぶつくさ呟きながら頬を撫でていた手であたしの身体をぎゅっと自分の方に引き寄せた。


『先生がKYとか使うと何か変』

「ばっかオメー、KYって今流行ってるんだぜ?流行の最先端だぞ?」

『いい年したオッサンに流行もへったくれもないじゃん』

「あ、お前今さりげなく俺をオッサン扱いしたろ!
いつからそんな反抗期になったんだよコノヤロー」


ぐ、と顎に手をかけられ無理矢理上を向かされる。
先生の瞳はやっぱりいつもと違って真剣そのものだったからちょっぴり緊張、

何で普段からそんな表情しないのかなぁ、だらけてる時より全然カッコいいのに そう、こころの片隅のあたしの意識がぼんやりと思った。


『せんせ』

「何、」

『ここ学校』

「知ってる」

『誰かに見付かったらどうすんの』

「んー、見せ付けてやりゃあいいじゃん」


そう言うが早いか、軽くお互いの唇が触れる。
目を閉じる暇もなく離れた と思ったらまたくっついて、離れて、その繰り返し。
しばらくあたしの唇を舐めたり、額に口付けたり、首筋に顔を埋めたりして遊んでいた。

時々、ふたつの視線がカチリ と綺麗にはまる。
その度に背中が凍るような、足に力が入らなくなるような、そんな身震いするような感覚に襲われた。


「言うこと聞かない悪い生徒は、この坂田銀八が月に代わっておしおきしてやるんだから」

『おしおきとか怖くないもーん』

「あー、またそんな口ききやがって。再起不能になるまで苛めてやろうか?」


そう言うと、あたしの身体を後ろに置いてあった本棚に軽く押し付け、それから異なる大きさの手を、離れないようにしっかりと絡めてくれる。

その行動が、妙に嬉しかった。


『だから学校だってば、ここ』

「国語準備室は俺の庭だもんねー」

『…こんな所で?』

「興奮するだろ?」


ニヤリと、意地悪な笑みを浮かべながら言う。
あたしは豪快にため息をつき、ちっとも興奮しないから ときっぱりと吐き捨てた。

こんな、誰に見付かるかも分からない状況に興奮出来るあなたを心から尊敬します、マジで。
(先生、いやらしいビデオの見すぎじゃないの?)


「そっちから誘ってきたんだからな、先にバテたら罰ゲームだぞ」

『誘ってきたのは先生でしょー』

「いやいや、お前がエロいからだ」

『…あたしのどこがエロいのさ』

「スカートから見える生足とか?」

『…変態』

「何とでも言え」


ふわり、嗅ぎ慣れた煙草のにおいに包まれる。
さっきのとは全然違う口付け、重なった部分が火傷しそうになるくらいに発熱、

時折口内で滲み出る苦い味、反射的に離れようとするけどいつの間にか後頭部はがっちりと固定されてて息継ぎすら許されなかった。


静かな国語準備室に不釣り合いの掠れた吐息。
気付けば呼吸の合間合間に愛しい名前を呼んでいた。


『…っ、せ、んせぃ』

「何…そんな、甘えた声出しちゃって」

『お願い…っ。も、っと、ぎゅって、…して』

「──っ、おま、それは反則…!」


無意識の内に細めていた目、ぼやけた視界の向こうに戸惑う顔がひとつあった。
あたしの身体に巻き付いていた両腕に力がこもる。
痛くて、痛くて、少しだけ切なくなった。


『先生のこと、すきすぎて、おかしくなっちゃいそう』

「俺も、」




息がつまる。

まるで黄昏の迷路に迷いこんだみたいだった。どうしていいか分からなくて、誰かの助けを待っているような。
それとも、あえて道を間違えているのかもしれない。自分の意思であまのじゃくになって、のんきに口笛を吹きながら。


カチ、と、時計の分針が進む。
正面に立つ先生を見遣ると、苦しそうな、幸せそうな、中途半端な顔つきであたしをみつめていた。


「…っは、どうした?」

『……ん、べつ、に』


世界の全てをふたりだけで共有してるこの瞬間、だけが、ただひとつの真実だった。


でも、そんなの、誰にも言えない。




世界のはじまりはいつも宵の色だ。
あたしは窓側に寄り掛かりながら、もうすっかり暮れてしまった空を仰ぐ。


「何考えてんの」


隣で何事もなかったかのように煙草を吸う男が訊ねてくる。
さっきと同じ質問に、あたしは相手の目を見ずに答えた。


『先生とあたしは、共犯者だよね』

「は?」

『先生があたしをすきになったのも、あたしが先生をすきになったのも…きっといけないことで』

「…ああ、」

『でもあたし達は、こうして付き合ってる』

「秘密でな」

『だから、あたしと先生は、その秘密を一緒に隠してる共犯者』


言いながら交互に指をさす。
そうかもなァ と、返ってきた返事はどこか楽しげだった。




エピローグを語るには、まだ早いらしい。



共犯者、いい響きじゃねーか。
罰を受ける時は一緒だぜ?



【おぉぉ久々に甘いのを書いてみようと思ったらとんでもないことに…!!orz】