俺とお前はクラスメイト、だったから。
俺の親がコイツのことを知ってるのは、まあ当然と言えば当然のことで。
「はい、いっぱい食べてねぇ」
「うわあ、ありがとうございます。すごく美味しそう」
でも、まさか
こんな展開になるなんて。
食卓に並ぶ、色とりどりのご馳走。
一体どうしてどうしてこうなった?
ここで、最近の記憶を遡ってみることにする。
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いつだったか、アイツと実家近くのスーパーでばったり会った時。なんかよく分かんねぇし知らねぇけど、うちのチビ共がいたくアイツのことを気に入って。
それから実家に顔を出す度に、「あのおねえちゃんは?」「実兄あの人いつ連れてくるの?」「あのお姉ちゃんに会いたーい」なんてしつこく、うんざりするほど聞いてくるから
今度の週末連れてくるって!と、半ば勢いで約束しちまったのが先週のはじめ。
んで、メッセージで「チビ共がうるせぇから俺ん家に顔出してもらいたい」的な内容を送ったのが忘れもしない水曜日。
その日はめちゃくちゃ忙しくて、あっという間に一日が終わってて、ケータイを見る暇もなくて。
寝る前に、そーいや一日中ケータイ見れなかったな、なんて思い出しながらケータイを見ると「いいけどいつ?」って返事がひとつ。
断られなくてよかった。すごく安心して、すぐ寝たんだよな。
お陰でアラームかけ忘れて、次の日遅刻ギリギリになっちまったんだけど。
アイツの都合と、俺ん家の都合。
なんとかすり合わせて、今日来ることになって。
チャイムの音に目を輝かせながら反応するチビ共。けれど、俺は理由もなく緊張していた。まさか昔好きだった奴を家に呼ぶとは夢にも思わなかったからかもしれない。
アイツが顔を見せた瞬間、まあはしゃぐはしゃぐ。
「うわあ!おねえちゃん、こんにちは!」
「ホントに来てくれたの!?」
「こんにちは、寿美ちゃんにことくん。あれ、就也くんは?」
「アイツは今野球クラブでいねェ」
「実弥ちゃん」
一番背丈が小さいことに目線を合わせるようにしゃがんでいたアイツが、すたっと立ち上がり俺に紙袋を突き出してきた。
「これ、つまらないものですが」
「は、」
「えーっ、これなに?」
俺が聞くより先に、ことが乱暴に紙袋をひったくって
寿美と一緒に中身の確認を始めた。
「ケーキだよ。みんな、なにが好きか分からないから適当に見繕ってきたんだけど」
「うわぁ!ケーキ!」
「やったー!」
おい、お前ら、コイツに会いたかったんじゃなかったのか?
俺の疑問はどこへやら。ケーキが入った袋を嬉しそうに、わたわたと持っていく寿美とこと。
置いてきぼりになった俺達は、顔を見合せて吹き出した。そういえばこないだ会ったスーパーでもこんなことがあったな?なんて、既視感に頭を
く。
「悪ィな、気遣わせちまって」
「ううん。みんなが喜んでる姿が見れて嬉しいよ。就也くんに会えなかったのは残念だけど」
「就也もお前に会いたがってたからなァ。ま、あれ食えば機嫌も直るだろォ」
「ケーキってすごいんだね。まさかあんなに喜んでくれるとは思わなかった」
「ケーキ人数分なんて、ずいぶん金かかったんじゃねぇの?」
「喜んでくれる顔が見れたから実質タダみたいなものだよ──」
「あれ、実弥?」
後ろから俺を呼ぶ声。振り返るとお袋が、まだ幼い弘を抱っこしていた。
「チャイムが鳴ったと思ったんやけど……」
言いながら俺の隣に立つお袋。
思わぬ来客の姿を見て、「あらあら!」と嬉しそうな声を上げた。
「まーっ!あなたがうちの実弥と同級生だったって言う」
「あ、はい。はじめまして」
「確か、実弥と同じクラスだったことがあるでしょ?」
「あっはい。不死川君とは2、3年の時に同じクラスで」
「部活、女バスやったよねぇ?」
「そこまでご存知なのですか」
「それはもう!実弥ったら毎日貴女のことをね、」
「あーっ!」
その先を言わせてはいけない気がして、大声で遮る。
「お袋!俺の話はどうでもいいだろ!」
「あら、まだ何も言うてないよ?」
「何か言いかけてただろうが!」
俺の反応を見て、ニヤニヤと意地悪く笑うお袋。
何の話か理解出来てないのか頭上に疑問符を浮かべる元クラスメイト。
居間の方から「さねにい、ケーキ!ケーキだよぉ!」と、嬉しそうなことの声。
「あっ、先生……?え、なんでここに?」なんて、2階からタイミングよく降りてきた、この状況に不思議そうな顔をする2番目の弟。
待て待てどっからどう片付けていきゃいいんだ?抱っこされてる弘と目が合う。助けてくれ。そんな兄ちゃんの願いは届くわけもなく。
「ねっ!あなた、これから暇やの?」
「えっ、あっ、はい。特になにも」
「それやったらご飯食べていけば!丁度これから準備するところやし、待ってる間上がってもらって」
「お、おい!お袋!何言って、」
急展開に猛抗議しようと口を挟もうとして、お袋に弘を押し付けられる。
ぐっと目線が高くなったことに興奮したのか、弘は俺の腕の中でじたばたと暴れだした。
きゃっきゃっとはしゃぐ声に反比例するかのように、俺の心中は段々穏やかじゃなくなっていく。
「こら、弘、暴れるな!」
「きゃー!さねにい、たかいたかいしてぇ」
「この状況で出来るかっ!いってぇ!髪引っ張るなっつーの!」
顔面を器用によじ登る弘をなんとかひっぺがそうとするけれど、中々上手くいかない。
そうこうもだもだしているうちに、お袋がアイツの腕を取って強引に家に招き入れようとしているのが見えた。
「うちの子がこないだ迷惑かけたって実弥から聞いたのよ。お詫びって訳じゃないけれど、みんなあなたのこと好きって言うてるし、もう少ししたら就也も帰ってくるし、是非そうしてもらえれば」
「え?ええ??」
お袋が強引すぎて、アイツの体勢がおかしなことになっている。
土足で上がるまいと靴をなんとか脱ごうとしているのか、足元が忙しそうだ。
「お袋。先生が靴脱ごうとしてるから、ちょっと待ってあげた方が」
そこに割って入ってきたのは玄弥だった。
お袋は玄弥の一言に「手離したら逃げるかもしれんでしょ」と、こともなげに言ってのける。逃げるってなんだ。
「に、逃げないので!せめて靴を脱いでもいいですか!?」
「あら、じゃあ上がってってくれる?」
「はい。不死川家がご迷惑じゃなければ……」
ホント!?
返事を聞いたお袋の声はなんだか楽しそうだった。
言葉もなく、大きなため息が出る。
……厄介なことにならなきゃいいけど。
そんなことを考えていると、俺に張り付いていた弘が急に視界からいなくなる。
振り返ったその先で、玄弥が弘を軽々と肩車していた。
「兄貴。弘は俺に任せて、先生についてあげたら?」
「へっ」
「アイツら、めちゃくちゃテンション上がってるし、絶対ゲームだのお絵描きだのなんだのに付き合わされるっしょ。先生女だし、パワー負けするかも」
「……それもそうかァ」
玄弥の言う通りで、テンション上がったチビ共は俺でも相手をするのが大変で。
そんな訳でアイツ一人で遊び盛りのチビ共と目的の晩飯が出来るまでぶっ通しで遊ぶ、なんて割と無理な話で。
だったら俺がついてって、少しでもコイツの負担を減らそうと思って。
多分、コイツが思ってる以上に振り回して来そうだからな、アイツら。
玄弥は女に「先生、ゆっくりしてってくださいね」と一礼すると、ギャーギャー聞こえる居間へと向かっていった。
「おじゃまします」
「いらっしゃい!ゆっくりしていってねぇ」
靴を揃えて俺ん家に上がるアイツに、無理してねぇか?と訊ねると
「不死川家のご飯楽しみだよ?」なんて呑気に返してきやがる。お前、これから地獄を見ることになるんだぞ。
来客用のスリッパをに足を通し、お袋の案内を受けて進み始める。
その後を追うように、俺も歩き始めた。
「……!」
と、廊下の角から不意に貞子が現れた。
貞子の目が見開かれる。
貞子と邂逅した女は足を止め、しゃがんで挨拶しようとしたけれど
貞子は女を尻目に早足で俺のところに駆け寄ってきた。素早く後ろに隠れて、服の裾をぐいぐい引っ張ってくる。
「貞子。この人はオキャクサマなんだからちゃんと挨拶しろ」
「貞子ちゃん、こんにちは」
ほほ笑みかける女の目線から逃げるように、掴んでいる手に力が入る。
その行動を見ていたお袋が貞子に声をかけた。
「どうしたの?」
「コイツ、初めて会った時からずっとこんな調子でよ……」
ふぅん。お袋は一瞬考え込み、それからこんなことを言い出した。
「貞子は実弥が好きやからねぇ、嫉妬してるんやないの?」
「え?」
「実弥が家に女の子を連れてくることなんか滅多にないから、大好きなお兄ちゃんが取られるって思ってるんやない?」
お袋の一言に「そっかぁ」と納得する女。おい待て納得すんなァ。つーかコイツ以外にも女連れてきたことあるだろ、と反論しようと思ったけど、最後に女をここに呼んだのももう数年前か。社会人になってから彼女が出来たことがないので、貞子が警戒する理由が納得出来た。
そりゃ大好きな兄ちゃんが家族以外の女と仲良くしてたら気分はよくないよな。って、そうなのか?
「じゃあわたしから話しかけても嫌われるだけかー。貞子ちゃん、気が向いたら一緒に遊ぼうね」
優しい言葉をかけられた貞子だが、イヤイヤ首を振りながら「さねにい、だっこ!」なんて抱っこをせがんでくる。
言う通りにしてやると、貞子は女と顔を合わせないように俺の胸に顔を埋めてきた。
ご機嫌取りに頭を撫でてやる。荒い鼻息が胸元に広がった。
「悪ィ……どうやらお袋の言う通りみてぇだわァ」
「気にしてないし、貞子ちゃん可愛いじゃん。そんなにお兄ちゃんが好きなのね」
「うちの子ども達はみーんな実弥のことが好きなんよ」
「愛されてるんですね、不死川君」
「職場での実弥はどんなかんじやの?」
「そりゃもう怖くて怖くて。生徒に補習のプリントを解かせながらグラウンドを走らせてます」
「おい、変なこと言うんじゃねェ」
「だってホントのことじゃん」
そんなことを話しながら家族が集まっている居間に到着する。大きいダイニングテーブルには箱から出たケーキが皿にも置かれずそのまま並べられていた。ここはケーキ屋か?
ついでにテーブルの上にはプリントやらオモチャの車やら絵本やらが乱暴に置かれている。
「なにやってんだおい、ばっちぃだろ!」
「どーせすぐ食べちゃうんだから問題ないじゃん」
「あのなぁ、」
「あっ!おねえちゃん!ケーキなにたべる?」
「えっ」
ことは「これはいちごでしょ、これはチョコのやつ、これはもじゃもじゃ」なんてひとつずつケーキを指差しながら説明をしていく。説明されたケーキの個数は全部で7個。両親を除いたとして、ひとつ足りない。
「俺はいいから、お前食え」
「えっ。そんな、悪いよ」
「いーから。コイツらと一緒に食ってやってくれ」
「でも……」
躊躇う女に両サイドから「なにたべる?なにたべる?ことはね、チョコのやつ!」「お姉ちゃんは何が好きなの?あたしショートケーキ!」と、猛攻を浴びせることと寿美。おろおろしている女に、目の前にあるデコレーションされたプリンの容器を掴んで渡す。
「さね、」
「これでいいかァ?」
「……ありがと」
これでひとまずは一件落着か。
台所に向かい、引き出しからフォークとスプーンを持っていってやる。
「玄弥、お前ケーキ食うかァ?」
「うーん、今はいいや」
玄弥と弘は音が出るあいうえお表で遊んでいた。貞子はケーキに見向きもしないままずっと俺にしがみついているし、就也はまだ帰ってこない。
不要なケーキを戻している横で、3人で仲良くケーキを食べる姿が目に入る。美味しいね。嬉しそうにプリンを頬張る姿を見て、少しだけ俺の口元が緩んだ。