スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

まだ好きでいさせて(キ学:数学教師 シリーズもの)

「……あれ?」
中学校の時に好きだった人。
今思えばそれがわたしの初恋で、忘れられない恋だった。
結局伝えられず、ずっと後悔していて
付き合う人にあなたの姿を重ねたりして
そんな恋なんて上手くいくはずがなくて
だから、もう一度巡り会うなんて思わなくて。

「……もしかして」
中学校の時に好きだった女。
高校も大学も違って、もう会うことなんかないんだろうなと思っていたのに
どうして、まさか、こんなところで。
再会したのは、着任先の学校。
俺もお前も、「先生」になっていた。

「あの、人違いだったらすみません」
だって、まさかこんなところで
見覚えのある顔と名前に出会うとは思わないじゃない!
あの頃より凛々しくて、身長も伸びて
おとなのひと、になっていたあなた。
久しぶりに交した言葉はとてもぎこちなくて
ああ。中学の時とは全然違うな、なんて
淡い過去を思い出して
少しだけ、切なくなった。

「……やっぱそうだよなァ」
偶然にも程があるだろ。なんでここにいるんだよ。空いた時間で話を聞いたら、元々教師になる気はなかったが、ゼミ担当の教授にきっと向いていると勧められてなったそうだ。
マジか。ってことは、その教授に勧められなかったらコイツはここにいなくて、俺達は再会することはなくて。
それに加えて、お互いここの学校の試験に受からなかったらこうして顔を合わせることもなかったはずで。
偶然の集合体って、もしかして運命と同義、なのかもしれない。

「あ、不死川先生。お疲れ様です」
無事に着任式を終え、初めて「先生」として、一日を過ごしたあと。
先輩が気を遣ってくれて、新卒の先生数人と他の先生数人で飲むことになった。
宇髄先生や胡蝶先生と楽しく飲んでいる時に、急に割り込んできたあなた。
実は同級生なんです、と説明すると
数年ぶりの再会かよ!それって運命?
なんてからかわれて、そうかもしれないとぼんやり思った。

「すいません、俺ら帰ります」
初めての先生方との飲み会。
成人越えてっから当たり前なんだけど、まさかコイツとこうして酒を飲む日が来るとは。
しかもコイツ、意外と酒がいけるクチで。
途中から中学の話に花が咲いて、その結果
昔話を肴に飲み倒してやろうと、二次会を丁重に断ったんだった。
そんで適当に入った居酒屋で、俺もコイツも、まあ飲む飲む。

「そんなこともあったね、懐かしすぎ」
だけど、お酒が入ったあなたは
あの時と同じように幼く笑うから
忘れようとしていた恋心が華麗に復活して
でもそんなこと、言い出せるはずもなくて
全部、酔っ払ってるから、を言い訳にして
その場の勢いでしくじりましたと、笑って
この気持ちを終わらせる──つもりでいた。

「おい、この後どうするよ?」
二次会が終わって、お互い大分出来上がっていた。
横でヘラヘラ笑う女は、当たり前だが中学の時より綺麗になっていて。
あれ?俺、コイツのこと、まだ好きかも?いやいや待て待て判断早すぎだろ。もう一人の俺が冷静につっこんだ。
さてどうすっかな。まだ話し足りないけど時間も時間だ。回らない頭で次の一手を考えていると、コートの裾を引っ張られた。振り向くと、化粧を覚えた瞳が俺をじっと見つめていて、ドキリとする。

「今って、彼女、いないの?」
いてもいなくても、すぱっときぱっと諦めよう。
夜の喧騒に負けないように、大声で尋ねた。
発した言葉は、少しだけ震えていて。
これって告白するみたいじゃん。そう思ったら急に恥ずかしくなって、顔を隠すように俯く。
すると、大きな手のひらがわたしの肩を抱き寄せた。
びっくりして顔を上げると、千鳥足の人にぶつかりそうになっていたらしい。
ありがとう。感謝を伝えると、ボケっとしてんじゃねェと軽く怒られた。

「……いねぇよ。採用試験だ教育実習だなんだで半年前に別れた」
半分本当で半分嘘だ。
振られ文句は今でもはっきり覚えてる。
「実習がない日とか試験勉強の隙間で会いに来てくれると思ったのに、いつも家族のこと優先してたよね。そんなに家族のことが好きなら、家族と結婚すれば?」だった。
その言葉を聞いた時、ふざけんなと憤った。家族が大事で何が悪いんだと。
だけど「彼女」は、家族より自分を優先してほしかったんだ。ただそれだけで、でも、それすら出来ない俺はきっと、恋愛には向いていないのだろう。

「ふーん」
興味がない、フリをする。
でも、心中穏やかじゃなかった。
彼女、いたんだ。
そりゃあ、わたしにだって彼氏がいたことあるから
あなたの恋愛経験だって、想像できたはずなのに。
なんでこんなに、こころがざわざわするのだろう。
なんでこんなに、わんわんと泣きたくなるのだろう。

「お前はどうなんだよ」
聞かれたから、聞き返す。
いるだろうなとぼんやり思った。
俺の知らない男と付き合ってて、やることやってて、もしかしたらちょっとした未来のことまで話題に出てる、かもしれない。
次々に浮かんでくる妄想に、なんだかイライラしてきた。
何嫉妬してんだ。ガキじゃねぇか、俺。

「もう別れて1年くらいになるかなあ」
ずっとずっと、好きだったあなたの影を
付き合っていた人に重ね続けていた。
ずっとずっと、あなたに会いたかった。
どこにいても、なにをしてても。
だから、心の奥で燻り続けるこの恋心の息の根を止めれば
明日から「ただの同僚」として、過ごしていけるはず。

「……は?」
──この後、ホテル行かない?
耳を疑う言葉が、俺の耳に確かに届いた。聞き間違いではなく、コイツの声で。
その意味がなにを示すのか、分からないわけがない。わけではないから、戸惑った。
妄想の中で何度も抱いて、めちゃくちゃにして、欲をぶつけまくった女が、今目の前にいる。そしてソイツが今、俺のことを誘ってる。

「いいよ。酔った勢いでってのも、悪くないでしょ」
──俺はいいけど、お前はいいのかよ?
目を合わせず、疑問符をぶつけてきたあなた。
拒否する理由がないのは、わたしだけしか知らない。
この恋心は、わたししか知らないまま
思い出の本棚に葬り去るのだ。
長いまつ毛が揺れて、わたしの手首を優しく掴む。
ギラギラ光る夜のネオンが、あなたをたくさんの色に染め上げていくのを、ただ黙って見つめていた。

「ん……もっと、口開け」
まさか、こんな形で好きだった奴に触れるとは思わなかった。
熱い唇も、柔らかな胸も、細い腰も、全部本物で、それだけでどうにかなりそうだった。
今、俺の手で、好きだった女を穢している。そこにあどけなく笑う中学の時の姿はなかった。
めちゃくちゃにしているのに、どうしてこんなに興奮するのだろう。同時に生まれる独占欲。畜生、誰にも渡したくねェ。
情欲の隙間に生まれたそれを、思い切りぶつけた。

「っは、も、だめ」
想像していた何倍も気持ちよくて、どうにかなりそうだった。
酔いが回ってきてるのか、呂律が回ってないのが自分でもはっきりと分かる。
滲む視界の先で、中学の時に好きだった人が快感に顔を歪めていて、その事実がわたしの熱を昂らせた。
勢いよく貫かれて、呼吸が乱れる。余すことなく受け入れて、そして、なにもかも溶けきって。なくなってしまえばいい。

「……悪ィ、やりすぎた」
何も考えず、盛った猫のように何度も何度も求めてしまったことを謝ると、どうだった?と聞かれる。
よかったから何発も出したんだろ。そう言うと、照れくさそうに目を細めて笑った。
こんなクソだせぇ状況で、好きかもしれないとか伝えられるはずもない。つーか、かも、なんて、曖昧な気持ちでコイツを振り回したくもなかった。
それに、やっぱり今も家族が大事で、正直日常生活でコイツを優先できる自信もない。
ただ、最中に気付いた「誰にも渡したくない」という汚い感情も本当で。
中途半端な気持ちがぐるぐる回っている状態で、答えなんか出るわけがなかった。

「……」
全部終わって、脱力した。
終わったのだ、なにもかも。
終わったはず、なのに。
最中に感じた体温も、優しい言葉も、鼻をくすぐる香水の匂いも
未練がましく、わたしにまとわりついて離れない。
このままだとダメだ。眠たい目をこじ開けて、無理やり起き上がる。
忘れるために。帰ろう。
衣擦れの音が響いて、ベッドが軋んで、不意に後ろから抱き締められた。

「どこ行くんだよ」
なんだかコイツが遠くに行ってしまうような気がして、反射的に捕まえていた。
帰るよ。こともなげに言われて、耳を疑う。今ここで俺が手を離したら、きっともう想いを伝えることはできないだろう。けれど、コイツを引き止められるほどの言葉も思い浮かばなくて、回してる腕に力を込める。

「……」
回された腕を振りほどけなかった。
逃げたくて、逃げたくて、でもダメだった。
だったらいっそ、踏ん切りがつくまで甘えてみようか。
そしていつか、わたし以外の女の人が、この人を攫っていく時
そうなったら、潔く身を引くことにしよう。
だって、あなたへのこのおもい
吐き捨てられない、背を向けられない。
だったらいつか全部終わる日まで
それまで、あなたのぬくもりに、心も身体も溶けていたい。

「……」
振りほどかれると思ったのに、意外にも受け入れてくれたから、ほっと胸を撫で下ろす。
首筋に唇を寄せる。甘いシャンプーの匂いに、ごくりと喉が鳴った。
離したくない、帰したくない。
でも、家族が乗ってる天秤にコイツをかけることもできない。「家族の方が大切なんでしょ」って言われてコイツに嫌われたくない。
どうする、どうすればいい。まとまらない思考に焦りはじめる。

「……お互い、ちょうどいいじゃん」
心の奥の見られてはいけない部分を、必死に隠して
余裕ぶって、震えた声で提案する。
そう。終わりが来るまで、終わらせなければいい。
わたしもあなたも、恋人がいないんだったら、二人で好き勝手やればいい。
絡まる腕を解いて、振り返る。
大きく目を見開いたあなたと目が合って、くちびるがなにか伝えようと、動く。
その前にわたしのそれで塞いで、首に手を回した。

「っは、お前、ッ」
侵入してきた舌先を相手していると、ぐっと体重をかけられてベッドに押し付けられる。
俺を見下ろす女は扇情的に笑っていて、妄想でも見たことない姿に呼吸が荒くなった。
いいのかよ、こんな形で繋がっても。
いいんだよ、好きに利用すればいい。
理性と感情がごちゃ混ぜになって、俺に囁く。その隙間で、お互いちょうどいいじゃん。さっき言われた言葉が響く。
「彼女」じゃなくて、ただの「オトモダチ」なら、色々保留にしたままでもいいのだろうか。だったらそれで、いや、でも。
ぐだぐだ考えていると、女の指が俺の肌をするりとなぞる。くすぐったくて、変な声が出た。かわいい。小さく笑われて、その顔が可愛くて、俺の中で何かが吹っ切れた。
そっちがそうなら、俺だって。


まだ好きでいさせて


「……不死川先生」

「……今は学校じゃねェ」

「じゃあなんて呼べばいいの?」

「昔のように呼べばいいだろ」

「……実弥、ちゃん、って?」

「……」

「……ふへ」

「気色悪い笑い方すんなァ」

(終わりにしようと思ったのに。でも、まだ一緒にいられる。それだけで、うれしい)

(どの顔も全部、他の男に見せたくねェ。なんてワガママ、絶対に言わねぇぞ)
続きを読む
前の記事へ 次の記事へ