「…今年もまたよろしくお願いします」

丁寧に深々とお辞儀をさせられて、私は目を丸くしたままルカを見やる。まだ、二月に入ったばかりだというのにルカの表情はやる気で満ちあふれていた。
もちろん、この時期に気持ちが逸ってしまうのは分かるけれど、何も用意はしていないし、今からでは保存も一苦労だ。

「あのねルカ、悪いけどまだ何も用意は出来てないの」

ルカには悪いが、ここは出来ないことを伝えておく。表情には出さないが、ルカがしょんぼりとしていた。

「…そうですか」
「今度の休みに買いに行くつもりだから、その時に作りましょう?」
「…はい、その時はよろしくお願いします」

もともとルカは感情が表に出にくい方だけど、今回は珍しく簡単に表情が出ている。
そのことが気になって、私は思わず口に出してしまった。

「…やけに今回張り切っているけど、どうしたの?」

私が質問を投げかけると、ルカは急におろおろと動揺しだしていく。数分間迷ったみたいに顔をしかめていたが、やがて瞳に意志の光を灯すと静かな口調で語りかけてくれた。

「…その、ミクさんを驚かせたかったんです」

なるほど、ミクの喜ぶ顔が見たくてこんなことを言ってきたわけだ。ルカの気持ちはなんとなくだけど分かるし、そのことでいろいろと突っ込むのは野暮というものだろう。
だったら、選ぶべき道は一つしかない。

「ルカ、これから買い物に行くんだけど付き合わない?
いろいろ買う予定だから一人じゃ持ちきれないのよ。もう一人いれば助かるんだけど。もちろん、好きなものを買っていいから」
「…マスター、ありがとうございます」

私の言わんことを理解してくれたようで、ルカは深々とお辞儀をしてくれる。
私は礼をされるようなことはしていない。ただ、私もルカに乗っかってメイコを驚かそうと思っただけだ。
だから「どういたしまして」という言葉の代わりに私はルカの手を取ることにした。

「私の方こそありがとうって言いたいわ。お互い頑張るわよ」
「…はい」

どこかしらはにかんだルカの笑顔に安堵感を覚えて、私は出掛ける用意をしていく。





「まあ、こんなものよね」
「…なんだかんだでマスターも気合いが入ってますね」

普通の買い物に紛れて、手作り用チョコレートを始めとした様々な材料にルカは実に楽しそうだ。
クスクスと微笑む姿に少しだけ気恥ずかしくなってしまう。そんな自分をごまかすように、私は準備を進めていった。

「とにかく、始めるわよ」
「…はい」

私の言葉を合図にルカはコンロに火をつけてお湯を沸かしていく。私は細かくチョコレートを削りながらレシピを組み立てていった。

「ミクには甘めのチョコレート、メイコにはパンチの効いたバーボン入り、ルカはどんなのを試してみたい?」
「…あの、いいんですか?」
「もちろんよ。ルカにも当然感謝の気持ちは伝えたいんだから」

私がそう言うと、ルカは照れ臭そうに俯いてチョコを溶かすヘラを動かしたまま固まってしまう。
その可愛らしい仕草がツボに入ったのか、妙におかしくなって声を上げて笑い出してしまった。

「…マスター」

急に不貞腐れたように眉を潜めて、ルカがこちらに視線を向けてくる。
さすがに悪い気がして、私は素直に頭を下げていた。

「ごめんねルカ。それで、ルカはどうしてほしい?」
「…大丈夫です。それとありがとうございます。それではお言葉に甘えますね」

ルカはバターと生クリームを取り出すと、おずおずと差し出してきた。どうやら生チョコを作ってほしいみたいだ。

「えっと、作るのは生チョコでいいのかしら?」
「…はい。前にミクさんが美味しそうに食べていたのでぜひ」

こうしてルカがわがままを言ってくること自体珍しいから、こうして甘えてきてくれることはとても嬉しい。
だから私は、早速溶かしたチョコレートに少しずつバターを混ぜていくことにした。

「ルカ、味見お願い」
「…とても美味しいです」

どうやらチョコレート作りは成功したようだ。後は形を整えて冷蔵庫で固めるだけである。
一通り作り終えた後で、ルカは不安そうに声を絞り出してきた。

「…マスター、ミクさんは喜んでくれるでしょうか?」
「そうね。どうなってくれたらルカは嬉しい?」

質問に質問を返すようで悪いけど、私はルカの質問に答えるわけにはいかない。私の言葉で決めることではないし、ルカ自身でしか想いを伝えることは出来ないと思う。

「…あの、ミクさんに喜んでほしいです」
「そうね。だったら頑張るのは私じゃなくてルカ、貴女よ。出来る?」
「…はい、頑張ります」

ルカの瞳に力強く意志の光が灯り、私は大きく頷いていく。もちろん、ルカには頑張ってほしいし、私だって出来ることなら協力は惜しまない。だけれど、私自身が二人の関係に直接関わるのは野暮というものだ。

「とにかく、チョコレートを冷やしときましょ。分かりにくいパッケージに入れておけば大丈夫よね」

まあばれてしまうかもしれないが、その時はその時だ。別に悪いことをしているわけでもないし、素直に打ち明けよう。

「…マスター、お互い頑張りましょうね」
「そうね」

気合いの入ったルカを見ていると、なんだか私も勇気が湧いてくる。私はルカに感謝しながら表情を緩めていく。
最後にお互い微笑みながら、バレンタインを迎え撃とうとルカと手を取り合っていた。









世間的にはバレンタインの季節ですね

そんなわけでマスターさんとルカのお話です

最近マスターさんとルカしか書いてないような…ま、いいや