「わあ、美味しそうですね」

テーブルにつくと、ミクがとても目を輝かせて待っていた。それはもうずっと待ちわびていたくらいに。
メイコの姿はまだ見えない。おそらく、豆まきの後の片付けをしているのだろう。お預けされている飼い犬の如くウズウズと待っているミクを後目に私はルカに話しかける。

「どうする?メイコはもう少し時間が掛かりそうだし、私達だけでも食べとく?」

ミクに視線を送れば、ごくりと喉を鳴らしていてもう待ちきれないといった様子だ。

「ミクもあんな感じだし」

ルカを見れば苦笑いを浮かべており、私に視線を投げかけると穏やかに微笑んで頷いてきた。

「…そうですね。これ以上はミクさんも我慢出来ませんよね」

ふとミクを見やると、不満そうに頬を膨らませながら私達をジト目で睨み付けていた。
どうやら私達の話がお気に召さなかったらしい。

「マスターもルカさんもひどいです。まるでわたしが食いしん坊みたいじゃないですか!」

ミクは大層ご立腹の様子で、まるでミクの周りに擬音が見えそうなくらいへそを曲げている。
とりあえず、ミクを落ち着かせようとルカが宥めていく。ルカに諭されて、ようやくミクは機嫌を直してくれたようだ。
その様子を微笑ましく見つめながら、作った恵方巻きを差し出していった。

「ほら、ミクの大好きなネギトロ巻よ。これ食べて機嫌直して、ね?」
「マスター、これで機嫌直すと思ったら大間違いですからね!」

そう言いつつも、ミクはネギトロ巻を前にするや否や、とても美味しそうに頬張っていく。
あまりの説得力のなさに私はおろか、ルカさえも肩を震わせていた。そんな私達の様子を気にも留めずにミクはとあるネギトロ巻を口にしたところで動きを止めてしまった。

「あの、これすごく美味しいです!」

ミクが今、口にしているのはルカが作ったネギトロ巻で一口、また一口と一心不乱に頬張っていく。
あっという間に食べ終わり、心の底から満足そうな笑顔にルカは実に幸せを噛み締めた笑顔を浮かべていた。
そんな折、ふとした疑問が私の中で浮かび上がってくる。ルカと一緒にネギトロ巻を作っていたけれど、私とルカの作り方に大差はないはずだ。
なのに、どうしてミクはルカが作ったものが分かったのか不思議でならなかった。

「ねえルカ、どうしてミクはルカのネギトロ巻に気付いたのかしら?」
「…それはですね。ミクさん用にネギを多めに入れたり、食べやすいように甘酢を使ったりしていたんです」

そういえば、私とルカで別々のおひつを使っていたことを思い出す。やけに丁寧には作っているとは思っていたけれど、ここまでとは思いもよらなかった。
それで、ミクもあんなに幸せそうな表情をしていたことに納得して、私は再びルカの話に耳を傾けていく。

「…前にネギトロ丼を食べた時に、ミクさんがネギをたくさん振りかけてましたから」
「よく見てるわね」

聞いてて思わずルカの話に感心してしまう。私はここまで出来るのかと自分に問いかけてみた。
無論、明確な答えが得られるわけでもなく少し自己嫌悪に陥ってしまう。次からはもう少しメイコのことを見てみよう。

「…何言っているんですか?こんなことを出来るようになったのもマスターのおかげなんですよ?」
「………どういうこと?」

そんなことを考えていたら、ルカが急に意外なことを言ってくるものだから、私の頭はこんがらがってしまう。
ルカになんかしてあげた記憶はないし、さっぱり意味が分からない。

「…すぐに分かりますよ」

意味深なことを言うルカにますますわけが分からなくなって、私は顔をしかめていた。多分、相当間抜けな表情をしているかもしれない。

「あ、もう食べてたんですね。それじゃわたしもいただきますね」

ずっと頭を悩ませていたところにメイコが現れて、席につくなり恵方巻きをひょいと掴むとさっさと口の中に放り込んでいく。
さすがにこれは見過ごせず、私はメイコを睨み付けると声を荒げて咎めていた。

「メイコ!はしたないわよ」
「お腹すいていましたし、大目に見てくれませんか?
それにしても、マスターの作るネギトロ巻は美味しいですね。お酒が欲しくなります」

さらっと出てきた一言に驚いて、私は思わず振り返ってルカを見やる。ルカはまるで分かっていたように、にこりと微笑んできた。
私は急に意識させられて、なんだか恥ずかしさで頬が火照っていくのを自覚していた。

「…マスターこそ気付いていなかったんですか?
メイコさんがお酒が欲しくなるって言うのはマスターの料理だけなんですよ?」

確かにメイコ好みの味付けはしていたとは思っていたけれど、無意識にここまでやっていたとは思わなかった。
美味しそうに食べながらも、きょとんとした表情で見つめてくるメイコとミクに、私はごまかすように笑い声を上げていく。
どうやら、分かっていなかったのはお互い様だったようだ。

「ルカ、今度貴女の味付けを教えなさいよね」
「…はい。私もマスターの味付けを教えてほしいです」

メイコとミクに聞こえないように、ルカと二人で内緒の約束をして、私はようやくルカの作った恵方巻きに手をつける。なるほど、ルカの味付けは甘めであるにも関わらず、あっさりとしていて食べやすい。
私もルカを見習ってもう少しレパートリーを増やしてみよう。後は福を呼び込むくらいに和やかな雰囲気の中、私達は穏やかな時間を過ごしていた。









そんなわけで節分のお話後編です

はい、まさか節分に恵方巻きにネギトロ巻を作ったネギトロの話(ややこしい)がこんなに長くなるとは思ってませんでした

でも、書いてて楽しかったです