神域第三大戦 カオス・ジェネシス110

ルーとバロールが開戦したのと同じ頃。遠く離れたタラニスの神域では、凪子と深遠のによる激しい応酬が繰り広げられていた。
「……ッ!」
「…っ、はぁん、かたいというかなんというか…!」
ガィン、と、おおよそ人体の殴り合いで出るような音ではないそれを響かせながら、拮抗していた両者が距離を取った。深遠のは痺れからか震える腕を粗雑に振り、凪子も槍から片手を離してぷらぷらと振っていた。
チッ、と、凪子は小さく舌打ちする。
「アルマジロみたいにかてェなぁ……これは星のせいかバロールのせいか……」
「おい凪子、助力はいるか??」
「いらん、それより防衛に専念してくれ!想定より気を使ってやれる余裕はないかも、しれん!」
離れたところから声をかけてきたヘクトールに言葉を返しながら、勢いよく飛び込んできた深遠のの攻撃を凪子は受け止めた。
戦闘開始から幾度となく斬りつけたが、目立った裂傷は深遠のの身体に残っていない。皮膚が凪子の記憶のそれよりもはるかに硬く、ルーの槍たるブリューナクを持ってしても損傷を与えることが困難なのだ。
凪子はその皮膚の硬化を、凪子同様にサーヴァントとしての性質を所持していることから、星か、バロールによる支配から来る補正だと予測していた。とはいえ、分かったところで支配が単純な魔術によるものではなさそうである以上、そう簡単に解けるものではない。
ガンガンと音をさせて槍に当たる深遠のの拳に、凪子は再度小さく舌打ちした。
「面倒くさい…!」
「…………………ふふ」
「あぁ?何が面白いんじゃ」
面倒だと毒づいた凪子にきょとんとした顔を浮かべた深遠のが不意に笑うものだから、凪子は気味悪そうに言葉を返した。
深遠のは一旦目を伏せると――

――その不言色の目を、毒々しい銀朱の色に変えた。

「いや何。この状況への感想が心からの面倒くさいとは思わなくてな」
「……………人の目玉使って覗き見とは随分余裕じゃないの。ルーは何してんのさ」
目の色の変化から深遠のの表層に支配主が出てきていること、またそれがバロールであろうと予測をつけた凪子は、不愉快げに目を細めてそう嫌味をこぼした。
バロールはルーと戦闘中のはずである。だというのに、意識をこちらへ飛ばしてくる余裕があるということは、余程ルーの相手が余裕だということになる。
凪子の言わんとすることを汲み取ったか、その相手はクスクスと笑った。
「この程度では動揺しないのだな、流石星の意志の執行人。光神ルーの名誉のために言っておくが、生憎とこちらはバロールではない」
「あ?…………………、じゃあバロールを蘇生させた野郎か」
「ご明察だ。貴様の排除を画策しておいて正解であったな」
「…!」
凪子は相手の言葉に思い切り深遠のの腹を蹴り飛ばし、距離を取った。ちらっ、とヘクトールに視線を飛ばし、その視線の意味を汲み取ったヘクトールは小さく頷きで返した。
たんたん、と軽やかにステップを踏みながら深遠のは蹴り飛ばされた勢いを殺し、立ち止まった。今までの無表情から一変、どこか楽しそうにその顔は歪んでいる。
「…星の意志の執行人、ねぇ。ルーの言っていた代行者の方が的確な気がするんですけどぉ?」
「ほう?あの光神はやはり見抜いたか。最初からバロールを殺す気でいることといい、随分知恵が働くようだからな、あれは」
「…つまりルーがバロールを殺そうとしているのには、殺し損なった後始末以外の動機がある、とでも言う気か?お前」
「その通りだとも。自覚があるかないかは知らないがな。バロールの奴はなにも考えていない間抜けだが、あの光神は貴様同様厄介だ」
そんなことは一言も言ってなかった、また隠しおったな、と、密かにルーへの不満を募らせていた凪子だったが、続いた言葉にピクリ、と反応を見せた。相手はそんな凪子の反応に気が付いていないのか、へらりとした笑みを浮かべたまま何やら言葉を重ねている。
凪子は、はぁ、とあからさまにため息をついて見せた。相手も、そのため息の音に喋り回していた口を閉じる。凪子は、たん、たん、と槍の穂先で地面を叩いた。
「やれやれ。バロールも、そんな器にとじ込もってベラベラ語るだけのようなお前に、間抜け呼ばわりされる筋合いはないと思うぞ、腑抜け」
「………何?」
すっ、と深遠のから表情が消えた。ハッ、と凪子は嘲笑うように鼻を鳴らしてみせる。
「腑抜けだろ?腰抜けの方がいいか?お前がバロールを蘇生させたってことは、今回の事案の黒幕だろ?そんな黒幕が、私の身体なんぞに隠れて、口だけはえらい達者なんだから、笑わずにはいられないわ」
「………………」
「何か目的があってお前はバロールを甦らせた。そして利用している…つもりなんだろうが、甦らせなきゃ目的達成できないようなレベルの分際で、手前の手駒見下してんじゃねぇよ、三下ァ!」
「………成る程、生命体ではなく星でもない、半端者の分際で、随分と殊勝な思想をお持ちのようだ」
「なぁーにが殊勝だ、雑魚。ザーコ。だがまぁ一理ある、何かの上に立つってのは、それなりの品格ってものが必要だ。お前は一欠片も持ってないみたいだけどな?」
「…………ほざけ!」
かぁ、と顔を赤くさせた深遠のが、怒りを隠さず凪子へと踏み込んできた。