我が征く道は27

「なんだってアンタが……!あの子に明日からどんな顔して会えばいいっていうのよ…!」
「(ん?知り合いだったのか)」
凛の嘆きを、凪子は冷静に観察する。どうやら士郎と凛は顔馴染みであったらしい。
凛は両手で顔を覆い、しばらく天を仰いでいたが、ふ、と手のなかで目を開き、顔と手を下ろして士郎を見下ろした。
「…まだ手はある」
凛はそういうとポケットに手を突っ込み、あるものを取り出した。赤い宝石のついたネックレスだった。細いシルバーのチェーンに吊るされたそれは、月の光を受けてキラキラと輝いている。
「(!)」
凪子は、それに見覚えがあった。
見てくれだけではない。流石にそこまで記憶はできない。その宝石の大きさに不釣り合いな、それに籠められた莫大な魔力量と、その魔力が誰のものであるかが相まってである。
「(あれいつだか時臣に売ったやつだ。魔術の修行を終えた凛ちゃんにあげるっつってた…他の石よりはるかに魔力の貯蔵に適するように、細工したやつ。オイオイまさか)」
凛はそれを、士郎の傷の上に垂らした。ぶつぶつと何か呟いた瞬間、宝石が光を放ち、凪子は思わず目を閉じた。
光が収まったくらいで目を開ければ、非常に弱まっていた士郎の鼓動が回復し、傷が塞がっているのが分かった。
「(……あらー……致命傷治しちゃったよ………あの宝石の魔力量があったからとはいえ、意外とすんごいのね凛ちゃん……)」
凛は士郎の傷が治ったことを確認すると、ぽとりとネックレスを落とし、何も言わずにその場を立ち去った。
凛の気配が完全に遠ざかったのを確認してから、凪子はルーンを解き、士郎の隣に立った。

「…死なせておけばいいものを」

そうして、ぽつり、と残酷な言葉を口にした。
「ランサーは宝具発動を中止してまで目撃者を殺しにかかった。聖杯戦争のためには、そこまで徹底した秘匿が必要だということなんだろうよ。ここで生き返らせたところで、この生存が知れればまたランサーは殺しにくる。殺しにくるしかない。確かにこの少年にはマスターの素質があるけども、その次までに召喚できなかったらまた殺される。…ちょいと無責任じゃないかねぇ…アーチャーも指摘してやればいいのに」
凪子はそう呟いて、はぁ、とため息をついた。
と、その時、階段の方からバタバタとかけ上がる足音が聞こえ、そちらに目をやれば顔を真っ青にさせた警備員二人の姿があった。
警備員は凪子の足元に倒れている士郎を見、警棒を抜いて凪子に懐中電灯のライトを向けた。
「お、お前っ、何をした?!そこを動くな!!さっきの校庭の乱闘といい…っ!」
「あれま!やっぱりなにもしてなかったんかーい。ランサーにバレなくてよかったねぇお二方」
「何をいっている?!」
「…ランサー、口封じ殺しはつまらないって言ってたしなぁ…。…、彼自身それが都合いいからとはいえ、なんだかんだ見逃してもらってる恩があるし………あのアーチャーも気になるからペナルティ食らったりしても困るし…しゃーない、ここは彼らのために一肌脱いであげますかァ」
凪子は不作法にも士郎の身体を跨ぎ、警備員の方へと歩き始めた。
どうやらが凪子が士郎を殺したと思っているらしい、警備員はなにやら喚きながら必死に警棒を振り回している。
凪子は、ふっ、と息をはいて、強く廊下を蹴った。一瞬にして二人との距離をつめ、右手の掌を片方の警備員の鳩尾へと叩き込んだ。前に出た左足を軸に勢いをつけたその攻撃に、警備員は一打で倒れた。凪子はそのまま重心を右足へと移し、凪子の背面側にいたもう一人の腹部めがけ、ぐるりと身体を回転させて左足の膝を回し蹴りの要領で叩き込んだ。こちらの警備員も同じく昏倒する。
一息の内に二人を気絶させた凪子は、ぺろり、と指をなめ、二人の額に軽く唾液をつけた。
そうして倒れた二人の間に立ち、ぱちん、と右手を鳴らした。瞬間、凪子を中心にシンプルな青色に光る魔方陣が広がる。
「“その瞼に雛罌粟を 刹那の夢には櫟の実 貘は毒に蝕まれ 揺らぎ揺らめき露と消え”」
四節の言葉を歌うように口にする。魔方陣が形を崩し、そこから植物が芽吹くように伸びた光が凪子が唾液をつけた所に集まり、二人の額へと入って姿を消した。
記憶を消す、凪子の呪文だった。
「…さぁて、と…少年はまぁ……自力で帰るだろ。こいつらは記憶消したのもあるから宿直室戻さないとなーはーめんどっ。監視カメラもあったら壊しとかないと」
凪子はやれやれ、と言いながら右手で軽量化の呪文をかけた二人の襟元を掴み、ずるずると引きずっていった。