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カルデアの善き人々―塔―17

「……………いつから…………」
「うんうん」
さて、最近から、としか漠然と考えていなかったが、果たしてそれを自覚したのはいつが初めてだったろうか。
うーん、と、唸りながら思考を巡らして、ふ、と思い出す。確か息苦しさを初めて感じたとき、季節が正月で、藤丸の出身地である東洋の伝統的な料理、餅とやらが口にあい、それを食い過ぎたせいかと考えたことがあったはずだ。となると、少なくとも正月、つまり年明けには感じていたことになる。
いや、もしかしたら本当に餅の食い過ぎだったかもしれないのだが。
「……あぁ、年を越したくらいから…ですかね。少なくとも最初の自覚は、それくらいかなと」
「年を越したくらい…四つ目の特異点の修復を終えて、その調節も終わって、少し経ったくらいか」
「そう、なりますね」
そう答えると、ロマニは不意に表情を険しくさせた。
それだけで彼は焦ってしまう。なにか墓穴を掘っただろうか、まずいことを言っただろうか。
だがその彼の心配は、杞憂に終わった。ロマニは彼の手から手を離すと、ぱふ、と彼の顔を両手で挟んだ。
「………となると、あの時に出てきた魔術王の影響の可能性が若干あるね」
「へっ??」
ロマニは瞳孔を確認したり魔術回路の様子を見たりと、ポカンとしている彼を置き去りに診察を始めた。
魔術王とは確か、第四の特異点で姿を見せた敵の親玉だったな、と、ポカンとしながらも思い出す。確かにあの姿をモニター越しに見たときに、嫌な寒気を感じたのは覚えている。
――だが、それが?
そんな彼の疑問に答えるように、ロマニが口を開いた。
「藤丸くんが前に一週間くらい、昏倒したことがあったろう?あれもどうやらロンドンで姿を見せた魔術王を名乗るサーヴァント、奴が関係していたみたいだったからね。君は確かあの時司令室にいたね?」
「え、えぇ」
「なら、干渉を受けていても不思議はない…でも隔週でやってるメディカルチェックに異常は出てなかったよなぁ…でもメディカルチェックに出たなら藤丸くんのも予見できたはずか、じゃあメディカルチェックでは分からない領域への干渉…?」
「い、いや、あの、多分そんな大袈裟な事じゃないと…!?」
あれこれと身体の調子をみながらぶつぶつと推測をのべていくロマニに、彼は慌てて口を挟む。
いくらなんでもそんな大きな事態ではないだろう。第一、そうであるならば、ロマニ含めあの時司令室にいたスタッフは全員影響を受けて、大なり小なり自分と似た症状が出ているはずだ。そういった話は聞いていない。
「全員に似た症状が出るとは限らないよ、特にそれが、魔術や神秘によるものならね」
「!」
その憶測を話そうとした彼の言葉を見透かしたようなロマニの言葉に、彼ははっとロマニをみた。脈拍をみていたロマニは、視線をあげ、彼の目をみる。
「藤丸くんだって影響を受けたのは間が空いた。君が息苦しいのが冷凍保存室のみ、というのも、気にかかる。あそこは、マスター候補生がいるところだからね…」
「……そ、その………ただの、精神的な、理由とか」
「その可能性もあるかもしれない。でも、最悪のケースも考えておくべきだ。とりあえず一度、ちゃんとチェックしてみよう。何、調べてなにもでなければ可能性がひとつ潰すことができると思って!」
「で、でも…そ、そんなリソースを、割くのは…」
――確かに、なにもでなければ可能性を潰すことができる。そんなことは、当たり前の考えだ。
でも、もしもそれで、何か出てしまったら?その時本当に、自分は、

「君にいなくなってしまわれると困るんだ。だから、原因は究明しないと。その為に割くのであれば、それは必要なリソースの消費だよ」

そう言った力強いロマニの言葉に、彼は思わず息をつまらせた。

カルデアの善き人々―塔―16

お昼休みになり、彼はロマニと共に食堂ではなく、自分の部屋へと向かった。食堂で話したいことではなく、さりとてドクターの部屋で、というのもなんだか憚られる。
というわけで、自分の部屋へと彼を招いたのだ。
「お邪魔しまーす」
「なにもありませんが…」
「いや、急に言い出したのは僕だから」
「とりあえず、どうぞ」
人が来ることもそもそも自分が過ごすこともほとんどない部屋だ、謙遜でなくもてなすようなものはない。とりあえず隅っこに置いておいた椅子を引っ張りだし、軽くほこりをはらってロマニへとすすめた。
そして、インスタントの紅茶を手早く淹れ、マグカップを手渡した。
「ありがとう、あ、君は紅茶派なんだ」
「あぁ、そうですね、コーヒーも嫌いなわけではないのですが」
「疲れているときは紅茶もいいよねえ」
「ハーブティーとかも、いいですよね」
――しかし、ついロマニの言葉に乗って招いてしまったが、どう切り出したものか。
どう話し出せばいいかわからず、つい、ロマニの言葉にただ返答するだけになってしまう。ロマニもロマニで無理に引き出すつもりはないらしく、催促してくることはない。
「(…困ったな)」
困った。
昨日のこともある。だけれど、あれは大丈夫なことだ。
だったら、自分は、何を話せばいい?
「………………最近、」
「うん?」
「最近……冷凍保存室で、少し、息がしづらいんです」
――何を話せばいいのだろう、と思ったばかりだというのに。いつの間にか彼の口からは、そんな言葉がこぼれ落ちていた。
こんなことを言ったら、担当をはずされてしまうのではないだろうか、と、はっと彼はロマニの顔を見たが、ロマニは諌めるでも訝しむこともなく、じ、と彼の次の言葉を待っていた。
――言っても、たぶん、大丈夫。
そんな確信のない予想があって、彼の口は勝手に言葉を紡いでいた。
「中にいるときにはあまり自覚はなくて……チェックを終えて、外に出ると、息ができなかったことに気がつくんです」
「………うん」
「別に、メディカルチェックが嫌だとか、そういうことはなくて、その、自分は他人と触れあうことが得意ではないですし、その、」
「うんうん」
「彼らは、良くも悪くも、話せはしませんから、なんとなく、自分も気楽にいられるというか、なんとなく、こう、自分の精神を整理できる場所だったんです、あの時間は」
「………うん」
――ロマニは否定するでもなく肯定するでもなく、ただ相槌を返してきてくれる。まとまりのない言葉でも、黙って聞いてくれる。
だから彼も、整理しながら話すことができた。
「……自分にとって、あそこは、凄く不謹慎なことなのですが、居心地のいい場所だったんです。だから、なんでそこで息ができないのか、わからなくて」
「…うん。最近元気なさそうだったのは、そのせいか」
「!そ、そんな風に見えますか?他の人にも??」
ばっ、と、ロマニの言葉に彼は勢いよく顔をあげてしまう。ロマニは驚いたように彼を見たが、ふっ、と不意に薄く笑んだ。
「大丈夫、君はカルデアにとって必要な人間だ」
「、ぇっ、」
「うーん、そうだね、一つずついこうか。息ができなくなってきたのは、いつぐらいからかい?」
ロマニは自分の言葉に困惑した様子を浮かべる彼に少しばかり困ったように笑うと、彼の手を取り、両手で握りながら、そう問うてきた。
手袋越しでも、じんわりとした人肌の温もりが伝わってくる。紅茶のカップで手が温まっていたのもあるのかもしれない。
そのじんわりとした人肌の温度が、不思議なくらい、身にしみた。
「心当たりはあるかい?」
ロマニは急かすことはなく、とん、とん、と、片手で柔らかく彼の手を叩いた。子供を寝かしつける母親のような手だ。
彼はしばしその感触を感受したのち、いつ頃からだったろうか、と、思考を巡らせた。

カルデアの善き人々―塔―15

翌日。
目を覚ました彼は意図的に昨夜の事を気にしないようにしながら、シャワーを浴び、日課のメディカルチェックを終わらせた。そしていつも通りに報告書を作成して報告し、朝食を済ませ、夜勤のスタッフから引き継ぎを受けて職務についた。
「やぁ、おはよう〜」
「!おはようございます、ドクター」
たまたま朝食の時間だったのか、あるいはいよいよ休んでくれたのか、珍しくロマニが後から部屋に入ってきた。彼はつとめて、明るい声で挨拶をした。ロマニは彼の挨拶にふにゃりと笑い、おはよう、と返してきた。
「報告書ありがとう、いつも助かるよ」
「いえ、自分の仕事ですから」
「確かに君に任せた仕事だけれど、毎日毎日報告書は大変だろ?」
「まぁ、ですが、解凍できる時になったときに記録は多い方がいいでしょうから。でも、ありがとうございます」
そうして他愛のない会話を交わしていると、一部の機器からアラートがなる。どうやらカルデア施設内で、大したことではないが何かあったらしく、コントロールルームに詰めていた他のスタッフが様子を見に行き、部屋にはロマニと二人、残された。
「…………………」
「ん?どうかした?」

――大丈夫かといえば。
自分よりはるかに思い重責を感じているだろうこの人は、自分が思うようなことを考えたりするのだろうか。
ふ、とロマニの顔を見てそんなことを考える。ドクターはいつも穏やかな表情を浮かべている。この穏やかさがあるから、きっと生き残った自分達は発狂せず、努力することができているのだろうと漠然に思っていた。
だからふと気になった。ドクターは、自分の無力さにうちひしがれたりすることはないのだろうかと。

そうしていつの間にかじっと見つめてしまっていたらしい、不思議そうにそう問われて、彼ははっと我に帰った。
「えっ?あ、いえ、」
「そう?少し顔色悪いみたいだけど」
「あー、ちょっとその、昨日飲み会に誘われまして……」
医者の前に誤魔化しは難しいか。確かに朝起きて顔を見たとき、それはそれは酷い顔をしていたものだった。
とはいえ本音を言うのも憚られたので、適当にごまかしの言葉を口にしたが、ぎょっと目を見開いた様子を見ると下手なごまかしだったかもしれない。
「飲み会って…中華系のサーヴァントが開催してたやつかい?!大丈夫だった!?」
「ちゃ、ちゃんと気遣っていただけましたので!!問題ないです!!」
「そう?ほんとに?君、結構無自覚的に隠す癖あるからなぁ…」
「!」
びくり、と彼はロマニの言葉に肩を跳ねさせた。
ドクターにも、心配要素のある人間と、思われているのだろうか。
「……そんなに、自分は、不安のある人間でしょうか」
「ん?」
「あ…、いや、なんでも、」
ぼろり、と心配が口にもれたが、ふ、とロマニはすぐに笑った。

「そんなことはない、君は頼りになる仲間だよ」

「…!」
「何かあったのかな。特異点は大分安定したし、余裕はある。お昼休みにでも、お茶がてら話を聞こうか?」
きぃ、と椅子をきしませながら柔らかく笑んだロマニは、こてん、と首をかしげて見せた。
彼は慌てて手を横に振った。
「え、いや、そんな!そんな、お手を煩わせるようなことは!」
「んー、でも僕が聞きたいんだ。だめかな?」
「…でも、そんな、面白い話はなにも…」
「構わないよ、一度ゆっくり、スタッフのみんなとも話したかったんだ。僕に付き合ってくれないかい?」
「…………、ドクターが、そこまでおっしゃるなら」
ドクターに話したら、言葉にしようとしてしまったら、必死に隠してきた惨めさがより強まってしまうのではないか。
そう思っていたが、なんだかロマニに頼まれると、断れなくなってしまった。そのため、彼はロマニの申し出を受けることにした。

カルデアの善き人々―塔―14

「――はっ、はぁっ、はあッ――――」
自室に逃げ帰った彼は、すぐさま自室のセキュリティをロックした。エルメロイ?世が追ってきている様子はなかったが、サーヴァントの気配など自分には分からない。
彼は肩で息をしながら、ずるずると扉に背を預け、その場に座り込んだ。

――――大丈夫か?

「…………はぁ…………は……………」
――自分は、そんな風に、見えていたのだろうか。
きっと彼は他のスタッフにも同じことを言っているに違いない。いや、そんなことはない、だったら自分との関係を確認する前に聞いてくるはずだ。
「…………うぅ…………」
彼は膝を抱え、その間に頭を突っ込んだ。

――正直に言って、ここに来てから、自信が回復することはなかった。
医療チームにおいて自分は下の下だ。魔術師以外のスタッフに機械工学に秀でたスタッフはごまんといる。20人生き残ったスタッフのうち、自分は本当に、下の下なのだ。
だから、亡くなった所長に代わって自分達をまとめているドクター・ロマニに、コフィンの管理を任されたときは嬉しかった。コフィン整備と医療義務を両方できるスタッフは確かに少ない。そしてそのスタッフたちは、それぞれ片方の役割で大きな役割を担っている。だから流れ落ちてきただけの役割と言えばそれだけだ、それでも、任されたのは自分なのだ。理由がなんであれ、任されたのは、自分なのだ。

そんな、ちっぽけな理由で自尊心を保ってきた。
「…………俺は、大丈夫、まだ大丈夫…!」
自分に言い聞かせるように彼は呟く。
そうだ、大丈夫だ。自分は安全なカルデアでコフィン整備と誰にでもできる業務をしているだけだ。別に命がけの瀬戸際にいる訳じゃない。銃弾飛び交う戦場にいる訳じゃない。
「…藤丸だってやっていけているんだ、俺が、大丈夫じゃないわけがないじゃないか…!」

そうだ、自分は安全帯にいる。
ぬくぬくと守られる立場にいる。
サーヴァントという兵器と共に、その未曾有の戦場に生身でいる訳じゃない。
砲弾をくらってきりもみ回転した訳じゃない。
血を流している訳じゃない。
命を直接的に狙われている訳じゃない。
武器を向けられている訳じゃない。

そんな。

そんな、安全な地帯にいるのだ。



“大丈夫じゃないなんてどの口が言えるというのだ。”



「…俺は大丈夫、なにも問題ない、仕事だってこなせてるしドクターにだって特になにも言われない、メンタルチェックもメディカルチェックも引っ掛かってない」
彼はぶつぶつと呟きながら、のっそりと壁づたいに立ち上がった。

四肢は動く。
目も見える。
耳も聞こえる。
食事もとれる。
シャワーを浴びる気にもなれる。
布団から起き上がることもできる。
億劫だなと思うことはあっても仕事もできる。

なにも問題ない。
大丈夫じゃないことなんてない。

「…寝よう、久しぶりに酒を飲んだからきっと顔色が悪くなってるんだ、あいつが変なことを言うのはそのせいだろう、」
彼はそう自分に言い聞かせるように言うと、タブレットを机にそっと置き、ぼすんとベッドに倒れこんだ。

2018年

本ブログにお越しの皆様


明けましておめでとうございます。
昨年は本ブログに足をお運びいただき、まことにありがとうございました。
また挨拶が遅くなり、申し訳ありません。実はこの記事を書き上げた直後に全部消えてしまいまして、はい、遅くなりました…。

昨年は良くも悪くも宣告通りに不定期更新になってしまい、申し訳ありませんでした…。このブログを始めて約一年半、連載終了したのはなんと二作。も…もう少し更新したかったのですが…!!
そしてまた申し訳ないのですが、今年はですね、七月にですね、国家試験がありましてね…。その為、春から夏にかけて、更新停止ないし低頻度での更新になるかと思われます。冬には修士論文も迫ってくるので、今年は去年以上に更新の遅いブログになってしまうかと思われます。
ですので、どうぞ、週に何度か見に来るか来ないか、そんな程度にお付き合いいただければなと思います。


さて、昨年と同じく今年の更新予定です。
今の連載が終わりましたら、再び凪子ちゃんが登場する予定です。なおFGO時空です。その為捏造のキャラクターが多々登場することになりそうなので、ゆるーい気持ちでお付き合いいただけますと幸いです。

それでは、本年度もどうぞよろしくお願い致します!

2018/1/1
枯れず折れずの沈丁花
管理人:神田來
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