2017-12-23 23:18
「ははっ、ついさっきまでこいつと手合わせしててなァ」
カラカラと快活にベオウルフは言うが、先程からほんのりと香る鉄臭さの理由がわかってしまった彼にしてみると、裸の肌を粟立たせるものにしかならなかった。
とはいえ、彼がステゴロ的戦闘を好んでいることは周知の事実なので、突っ込むのも野暮だろう。平静に平静に、と彼は自分に言い聞かせながら、ひきつりながらも笑みを口元に浮かべた。
「あぁ、汗を流しに?」
「まっ、そんなところだ。おう、お前さん、あいつは知ってるか?」
咄嗟に出た適当な言葉だったがベオウルフはさして気にした様子も見せず、むしろ自分を見ている李書文の視線に気が付いたようで、意識をそちらに向けた。李書文はすぐに話を振られると思わなかったのか、一瞬驚いたようにベオウルフを見たあと、つい、と視線を彼へと向けた。
「…いや、流石に知らんな。こんなところですまんが、ランサー李書文だ。よろしく頼む」
「あ、いえ、こちらこそ、アーサー・エドワード・タワーといいます」
律儀な性格らしい、名乗りをあげた李書文に慌てて彼も自己紹介を返す。サーヴァントに名乗られるなど随分奇妙なものだが、それもまた今更なことだろう。
それでは、といそいそと彼が洗い場へと引っ込むと、二人は恐らく彼が来るまでにしていたであろう会話に戻ってくれたので、ほっと彼は胸を撫で下ろした。手早く身体を洗い、二人から少し離れたところで湯船に浸かる。
「……ふうぅ…………」
折角なら朝のチェックを済ませてから来るべきだったかな、と思いながら、寝汗をかいて冷えた身体を温める。ぱしゃぱしゃと浸かりきらない肩や首にお湯をかけ、そちらもじんわり温める。
「……………」
なるほど、暖かい。一部のスタッフが毎日のように入りに来る気持ちも分からないではない。
目を伏せ、ぼんやりと入っていると、いつの間にか二人は湯船から出ていっていた。サーヴァントたちは未だに近寄りがたい雰囲気の者も数多くいるが、彼らのような姿を見ていると、今が人類滅亡の危機だということ、そしてそれが自分を含めたカルデアの肩にかかっているのだということを忘れそうになる。
「…」
実際、時折自分は忘れているような気もする。だが、朝晩に向き合う彼らが常に思い出させるのだ。
彼らの命はドクターでも、藤丸でもない、他でもない自分の手にかかっているのだと。
「…よし、いくか」
額に汗が浮かぶ程度に身体を温めた彼は、ぱしゃり、とお湯を顔にあて、気合いを入れ直すと湯船から立ち上がった。
「やぁ」
「は、はい?」
あの後。
いつも通りに業務をこなし、日課のメディカルチェックも済ませ、今日も1日無事終わった、寝れる分だけ休んでおこう、と自室にむかっていた彼に、唐突にそう話しかける者があった。今日はタブレットの充電を忘れてしまっていたためにいつもよりチェックが終わるのが遅く、もう夜勤でつめているスタッフ以外は寝ているだろうと思われたので、話しかけられると思わなかった彼は大いに驚いた。
彼に話しかけたのは、和服だろうか、中華服だろうか。そんな、彼にとっては見慣れない衣装をまとった、黒髪の女性だった。
「ええと…荊軻、さん?」
どうにか思い出した名前を口にする。たしか彼女は、二つ目の特異点を修復したときくらいからカルデアにいる、アサシンのサーヴァントだ。
荊軻は名前を呼ばれたことに意外そうに目を見開きながら、ふ、と楽しそうに笑みを浮かべた。
「あぁそうだ。申し訳ないことに私は君の名前を知らないんだが」
「ああ、いえ、別にお気になさらず…」
「今、同郷、というのも変だが、アジア系出身のサーヴァントで飲み会をしていてな。よかったら君もどうだ?」
「え?自分が……ですか?」
「何、他にも何人かスタッフはいるからそう気負わないでほしい。ここでこう遭遇したのもなにか縁だろう。まぁ、無理にとは言わないがね」
唐突な申し出に少し混乱してしまったが、よくよく見ると確かにほんのり頬が赤い。
さて、どうしようか。確かに最近とんと酒を飲む機会はなかったし、別に今は作戦行動中でもないので、飲酒が禁じられているわけではない。そして彼は、割りとお酒が好きだ。
「……では、少しだけ」
「!ふふ、ではいこうか」
せっかくのお誘いだ、断るのも野暮だろう。そう考えて誘いに乗ると、彼女は嬉しそうに笑い、彼の手を引いた。