風の冷たい校舎裏で、俺はそいつを見つけた。
「……アレン・ウォーカー」
言って、妙に恥ずかしさを覚えた。
そう言えば自分は、まだ彼の名を呼んだ事が無い。
『おい』や『お前』で全て済ませてしまうのは自分の悪い癖だ。
直すつもりも無いが。
今日はスケッチをしている生徒を所々で見かける。
美術科の課題か何かだろう。
アレン・ウォーカーも同じようにスケッチブックを膝に抱えて鉛筆を動かしていた。
少し近づいてみたが、アレン・ウォーカーはよっぽど集中しているのか、俺には気づかない。
アレン・ウォーカーのスケッチブックには鮮やかな花が描かれていた。
いや、鉛筆で描いているのだから色は黒しかないのだが、なぜだろう、アレン・ウォーカーの描く花達は色鮮やかに見えた。
どこかでグラスバンドのシンバルがなって、何かの運動部のランニングの掛け声が近づいては遠のいて、わりと近くにある線路で電車の単調な音がすぎて行った。
そんな中で、白い蝶が花にとまった。
小さくて目立たなくて、たぶん歩いていている時に傍を通りすぎても気づかないような地味な蝶だ。
その蝶も描くのだろうかとスケッチブックを見たが、アレン・ウォーカーの鉛筆は止まっていた。
やはり蝶が邪魔なのだろうかと考えたが、それは違うのだとすぐに分かった。
笑ったのだ。
ふっ、と小さく、本当に小さく。
そして、
「かわい………」
と、呟いた。
グラスバンドの演奏は、今は様々な楽器が響いていた。
ランニングの掛け声はもう聞こえなくて、かわりに体育館からボールを打つ音が聞こえる。
線路は、今度は二両編成の短い電車が通りすぎて行った。
アレン・ウォーカーが『かわいい』と言った蝶は、まだ花の蜜を吸っていて、その間もアレン・ウォーカーはずっと蝶を見ていた。
後ろに立っているから顔は見えないが、きっと微笑んでいるんだろう。
俺には決して真似できないような優しい顔で。
スケッチブックの花は白黒だが、俺には鮮やかに見えた。
同じように、アレン・ウォーカーにはこの地味な蝶がかわいく見えているのだろうか。
理解出来ないが、理解する必要も無いと思う。
なぜなら、小さな蝶をかわいいと微笑むアレン・ウォーカーを、そんな彼をかわいいと思う事を誰かに理解して欲しいとは思わないからだ。
だだし、
(好きだ……)
と言う想いだけは、お前には理解して欲しいような、そんな気がする。
生まれて初めて抱いた想いは、俺はいまだに取り扱いが分からないままだった。
end