目の前で淡々と行われている作業。
僕はベッドの上。
窓から差し込む夕日を浴びながら、何をするでもなく、ただ見てる。
目の前の人をただ見てる。
その人は、僕の部屋に置いてた僕の物じゃない小物を手に取り、バックに丁寧に詰める。
また僕の部屋から僕の物じゃない物が減った。
その人は、以前は監査官だった。
僕は元監査官の元監視対象。
今は知らない。
また監査官として別の監視対象に付くのかもしれないし、違う役職が決まっているのかもしれない。
僕は知らないけど。
元監査官が長い間過ごした部屋は、知らぬ間に元監査官の私物が増えていたようだ。
一つ一つと物が減っていく部屋が、なんだか広く感じられる。
夕日が眩しくて目を細める。
カーテンを閉めようとして、やめた。
元監査官は、寝る時によく着ていた服を几帳面にたたみ、バックにシワにならないよう詰める。
また部屋から減った。
最後に、筆記具を一番上に詰めると、僕の部屋から元監査官の物は一切無くなった。
僕だけの部屋。
それは以前の日常に戻る事、なのに、なんだか知らない日常が始まるような感覚。
「世話になりました」と、短めの挨拶を告げ、元監査官は立ち上がる。
「お疲れ様です」と、僕も短めの返事をして、大きめのバックを抱える元監査官をベッドの上に座ったまま見送った。
パタンと扉が閉まれば無音の空間。
こんなに静かな空間だっただろうか。
こんなに広い空間だっただろうか。
ちょっと前の生活に戻るだけ。
初めて教団に来た時は、個人の部屋が与えられる事に喜んだ。
今、やっとその生活が戻ってきた。
自分だけの部屋。
自分だけの時間。
夜更かししてもお菓子を食べてもコートを脱ぎっぱなしにしても朝寝坊しても、叱られない。
自由気ままな時間が戻ってきた。
嬉しい事だ。
喜ばしい事だ。
ただ、ただ、
絶対に口には出せない本音を言うならば
行かないで欲しかったここに居て欲しかったちょっと口うるさいキミだけどずっと居て欲しかった悲しい時も嬉しい時も傍に居たキミは僕より僕を知ってくれた文句を言いながらも僕の好きなお菓子を作ってくれた素っ気ない返事をしながらも僕の話に付き合ってくれた必死で笑顔に隠していた涙を見つけてくれた抱きしめてくれた泣かせてくれた嬉しかった嬉しかった嬉しかった嬉しかったキミの前では自分でいれたキミの前だけ自分でいれただけど居ないキミはもう僕の傍には居ないこれからずっとキミが居ない生活が始まる寂しいよ寂しいよ寂しいよ寂しいよあぁ待って寂しいんだ寂しいんだよ
「ウォーカー」「!?」
「なん‥‥‥」
何で居るのか、尋ねたいのに言葉が出ない。
ついでに言えば顔も上げられない。
こんな涙と鼻水でグチャグチャの顔を上げられるわけがない。
「忘れ物をしている気がしましたので」
夕日がベッドの端を照らすのが見えた。
立てた膝に顔をうずめているから、それ以外は見えない。
だけど、忘れ物を取りに戻ったはずの元監査官は、動く気配は感じられず
「‥‥‥忘れ物、が、見つからない、のですか?」
嗚咽が出てしまわないように、慎重に尋ねる。
早く出てって、出て行かないで。
「忘れ物かどうかが分からないのです」
「‥‥意味が──」
「キミ次第です」
僕の髪が揺れたと思ったら、両の手で顔を上げさせられた。
僕は呆気に取られてて、抵抗も無くグチャグチャの顔を上げてしまった。
見ないでよ、そんな涼しい顔してこんな汚い顔。
僕が目をそらしたら、元監査官は細かいストライプのハンカチを取り出して、僕のグチャグチャな顔を拭いた。
柔らかな布が丁寧に、優しすぎるぐらい優しく拭き取る。
綺麗になったのを確認すると、ハンカチをポケットに入れ、また二つの手を僕の顔に添えた。
合わさる視線。
いつものポーカーフェイスだけど、その目は強くて、そらしてはいけない気がした。
「キミ次第なんです」
元監査官の手は冷たいけど、触れられてる所はとても熱い。
「私のモノになって頂けませんか」
「──‥‥ッ」
あぁ
せっかく綺麗になった顔が、また濡れてしまう。
それを吸い取ってくれたのは、今度はキミの胸。
夕日の消えた部屋は暗くて、でもキミの髪は太陽みたい。
もう僕を置いてかないで
end
鼻風邪引きました(笑)