その人はいつも僕の隣に居る。
目を覚ました時からずっと居る。
僕から話しかけないかぎり、何も話さないし、返事もとてもそっけない。
でもずっと僕の傍らに居る。
僕には名前があるらしい。
眼鏡の背が高い人が教えてくれて、他の人も僕の名前を呼んでくれる。
だけどその人は、僕の名前を呼んだ事がない。
かわりに変なあだ名を勝手に付けられた。
失礼な人だ。
その人の名前は知らない。
教えてくれないから。
何度もきいたのに絶対教えてくれないんだ。
やっぱり意地悪な人なんだろうか。
いや、意地悪ならわざわざ僕の傍に付いて世話をやいてくれないだろう。
何だかんだでこの人には世話になっている。
その人は、優しい目をしている。
と思った自分を疑問に思う。
だってその人は、切れ長のちょっとつり目で、その目が笑いを含む所を見た事が無い。
眉間にはシワを寄せている事は良くあるが。
そんな目を優しいなんて思う自分はちょっとおかしい。
確かに、自分は今、正常で無いのだと言う事は理解している。
正常であれば、きっと僕はこの人の事を知っているのだろう。
こんな僕に、二十四時間一緒に居るその人に、僕を監視しているのかと尋ねた。
だって僕は正常で無い、つまり異常だ。
監視の一人や二人付いても不思議じゃない。
だからそう尋ねたのだが、その人はなんだか変な顔をした。
珍しい。
表情が変わる所なんてほとんど見たこと無いのに。
その人はそのまま言葉を無くしたかと思えば、僕を小突いて「アイツじゃあるまいし」とそっぽを向いた。
アイツとは誰なのか、気になるけど僕はきかない。
どうせ答えてくれないだろうし。
だけどそれより気になったのは、その人の横顔がとても寂しそうに見えたから。
なぜ?
アナタはいったい誰なんだ。
その人はいつも僕のベッドの隣に布団を敷いて寝る。
始めから僕の部屋と言われた所に用意されていたから、いつもの事なんだろう。
そう思うのだけど、その考えには違和感があった。
寝るとき、なんとなく落ち着かないのだ。
何かが違う、コレじゃない。
分かりかけているのに分からない。
なんてはがゆい。
天が近いこの建物で、月の光が僕の部屋を照らす。
眠れないままぐるぐる考えてみるが、波のように記憶が押し寄せては、また引いていく。
頭痛くなってきた。
たぶん隣のその人はまだ寝てないだろう。
視線を移せば、案の定、目が合った。
僕がずっと見ていれば、その人もずっとそらさない。
付きまとっている違和感が何なのか分かった気がして、僕はベッドを抜け出す。
僕が起きたのを見て同じように出ようとしたその人の布団に潜り込んだ。
驚いてるその人に「ダメですか?」ってきけば、頭をクシャリとされた。
変な感じだ。
まだ違和感はあるけど、何か近づいたような気がする。
なんだろう、抱きしめてほしいと言いたくなって、そう言えばその人は抱きしめてくれる妙な自信があった。
なんでだろうね。
いったいアナタは──
「──キミは‥‥‥」
さっきまであんなに眠れなかったのに、今度は邪魔するように睡魔が襲う。
ゆっくり髪を撫でてくれるその人の大きな手の平を感じながらまどろむのは、川の流れの中に居るよう。
その流れに身を任せたら、スルスルと僕の中に流れ込んできたんだ。
* * *
目を覚ますと、妙にベッドが固く感じた。
寝返りをうちたくて動こうとしたが、なかなか自由にいかない。
なんなんだよいったい、と目を開いたら、
「起きたか」
「‥‥‥神田!?」
目の前に神田が居た。
びっくりした。
何がびっくりしたって、もちろん目の前に神田が居た事もだが、それより神田が僕よりびっくりしてる事だ。
「お前‥‥戻ったのか?」
「何が──‥うわっ!」
神田の様子が変だ。
そう思ったとたん抱きしめられた。
「ちょっ‥‥何!?」
僕が何事かと尋ねているのに、神田は痛いぐらい抱きしめたまま動かない。
そもそも何で神田が僕の部屋に?
「あの‥‥神田? 何でキミがここに居るんです? リンクは‥‥イタッ!!」
「てめぇこんな時に他の野郎の名前なんか出すんじゃねぇ!」
思いっきり頭突きをくらって泣きそうな僕の目の前で神田が怒鳴った。
何怒ってんだよ、怒りたいのは僕の方だ。
だけどなんだか
妙に頭がスッキリしてて、なぜだかキミを抱きしめたい気分。
「神田」
名前を呼んで首に腕をまわすと、神田もギュッとしてくれた。
さきほどの馬鹿みたいに力強くじゃなくて、優しく包み込むように。
まだ何が何だかサッパリ分からないけど、まぁ話は後でいいだろう。
今はキミとのこの時間を、大切にしたいから。
end
ちょっと分かりにくいですが、記憶を一時的に失ったアレン君のお話でした。
最近わが家のハム子(ハムスター)が手を近づけると飛び付いて噛んで来て、その後死んだふりします。
何がしたいんでしょうこの子は(笑)