アレンはゆっくりと歩いていた。
足を一歩一歩踏み出す度、ガラリと砕けたレンガが音を立てる。
本来ならば昨日にでもホームに帰れるハズだったのに、今頃は暖かい暖炉で寒さを忘れていたハズなのに。
「ま、自業自得か」
アレンが道に迷ったため、任務の遂行を妨げてしまったのだから。
ファインダーにも悪い事をしてしまった。
それでも笑って最後まで付き合ってくれた彼らに後でもう一度礼を言おう。
遠い街で姿の見えない鐘が鳴る。
瓦礫と焦げた香りの中、己の誕生日とされる日をアレンは迎えたのだった。
アレンはゆっくりと歩いていた。
やっと帰り着いたホームの石畳を。
結局ホームに着いたのは一夜明けて更に日が暮れた深夜。
深い眠りについている人がほとんどであろう時間なので、極力足音を忍ばせて歩く。
自室の前について、ホッと肩をなで下ろす。
もう気は使わなくて良いだろう、早く消耗した気力と体力を休ませたくて勢いよく扉を開けた。
───ガンッ!
小気味良い音がけっこうな音量でなった。
せっかく音を立てないよう気を付けていたのに台無しじゃないか。
こんなところに物を置いていただろうかと、開いた隙間から中へ入る。
そこには、音の正体がアレンを睨み付けていた。
「ってぇじゃねえか」
「神田、何をして‥──って、何ですかこの部屋は!?」
深夜なのを忘れて思わず声を荒げてしまう。
ある程度整理していた自室が、見るも無残に散らかっていたのだ。
「文句はアイツらに言え」
神田が親指で差す方を見ると、親しい顔が寝息をたてていた。
ベッドに寄りかかるリナリー、床に包みを抱えて横になっているジョニー、そしてベッドの向こう側で足だけ見えるのはラビだろうか。
足元に散らばったビンやチキンの骨。
よくまぁこんな狭い部屋で騒げるものだ。
「なんで僕の部屋で宴会なんかしたんです?」
「コイツらがココでやるってきかねえんだよ」
「でもせっかくのクリスマスなんだから談話室とかでやればいいのに」
「ちげーだろ」
ビンを拾っていたアレンだが、神田の言葉に振り向く。
「違う?」
「今日はクリスマスじゃねーだろ」
「いえ、世界共通でクリスマスだと思いますが‥‥‥あっ、もう時刻変わってますから確かに違いますね」
「いや、そうじゃな──」
「おめでとー!!」
大声で後ろから抱きつかれ、拾っていたビンが床に落ちこれまた派手な音が響いた。
「ラビ! 起きたんですか」
「アレン帰って来たんなら起こせよー。せーっかくお前の為に集まったのに」
「え?」
自分のために開かれていたらしい宴。
それは、己の自惚れでないのなら、もしかして‥‥
「僕の‥‥誕生日?」
「せいかーい!」
更に強く抱きしめられて少し苦しいが、それさえ心地よく思える程に温かい何かが体に広がっていく。
神田がエラく睨むのが気にはなるが。
「‥‥よく僕の誕生日知ってましたね」
「そりゃあ愛の成せるワザで──」
「──私が兄さんから聞いたのよ」
ラビの言葉を遮ったのは、リナリー。
少し乱れた髪を手グシで整えながらニッコリ笑いかける。
「おかげで俺まで付き合わされたんだ。おまけにテメェは帰ってこねーしよ、俺はさっさと帰りてーのに」
「っとか言って、アレンが帰ったら一番に分かるようにそんな扉の所に居るんだろ」
「バッ、ちげーよ!! お前らが騒いでうるせーから隅に座ってただけで──」
「そんな事より主役が登場した事だし、再開しましょーよ」
まだ何か言いたげな神田を無視してリナリーが取り出したのは白い箱。
「まだ何か残ってたんですか?」
「残してたのよ、誕生日と言えばやっぱりコレでしょ!」
勢いよく開けた箱から出てきたのは、生クリームと共にイチゴがたっぷり添えられた大きなケーキ‥‥の無残な姿だった。
「‥‥‥あれ?」
満面の笑みだった顔をひきつらせて固まってしまったリナリーの背後から、緩い声が飛ぶ。
「あー、それケーキだったんさ。知らねーで蹴っちゃった」
「その後ジョニーが棚に置いてたな、逆さまにして」
二人の告白に手を振るわせだしたリナリーから、神田以上の殺気を感じ取り、アレンは慌ててケーキだった物を受け取る。
「だっ、大丈夫ですよ! ちょっと見かけは悪いけどちゃんと食べれます! ホラ神田、美味しいですよね!?」
「なっ」
一口食べた後、フォークでもう一すくいしたスポンジと生クリームの塊を神田へ差し出した。
これはひとえに"アーン"と言うやつだろうか。
(まだ)恋人同士でもないのにそんなマネをして良いものか‥‥いやしかし今素直にモヤシの"アーン"を受けるのは自然な流れであって、いやむしろチャンスと言えるのでは‥‥──
などなど考えている間にケーキはラビに取られたわけだが、そんな事にも気付かない神田をよそにリナリーは次の行動へ移っていた。
今度は何だろうと、指についたクリームを舐めながら見ていれば、リナリーはジョニーを揺さぶり起こす。
「──ン、薬は‥‥三番目の棚に、ありまふ‥──」
「ジョニー、薬じゃないの。アナタが抱えてる物が欲しいのよ」
包みを大事そうに抱えたまま起き上がったジョニーが、アレンに気づいて眠そうな目のまま笑いかける。
「おかえりアレン」
「ただいまジョニー、遅くなってすみません」
任務大変だったんでしょーっと立ち上がったジョニーは、アレンの前まで来て包みを差し出す。
「誕生日おめでとう、これみんなからだよ。」
流れから言って誕生日プレゼントだと分かるが、あまり経験の無い事で言葉に詰まる。
ソッと受け取った包みを、ジョニーがしていたように大事に抱えて泣きそうな笑いをこぼした。
「あの、みんな‥‥」
「まぁまぁ、礼の前にとりあえず開けるさ」
ラビに促されるまま、封を切り取り出したのは、美しい硝子細工で出来たチェスのオーナメント‥‥‥の無残な姿だった。
「‥‥‥あれ?」
真ん中から綺麗にポッキリ割れた硝子細工に、言葉が見つからず口を開けたまま黙り込む二人。
「ジョニー‥‥だから慎重に扱えっつったじゃん」
「慎重に扱ったよ! ずっと大切に抱えてたんだから」
今度はジョニーが泣きそうになり、それを見たアレンは「大丈夫です!」と叫ぶ。
「綺麗に割れてるからきっと修正出来ますよ! 腕のいい職人の方を知ってますし」
それを聞いてホッと肩をなで下ろしたジョニーだが、リナリーはそれでは満足できないようだ。
カツカツと扉まで歩いて振り返り言う。
「こんなのダメだわ! 仕切り直しよ、美味しい料理をたくさん作ってもらうから待っててねアレン君!」
「はっ!? ちょっとリナリー、こんな真夜中に──」
「まあまあ、ジェリーだってアレンのためなら喜んで作るさ」
「でも‥‥」
ラビへ振り返ったアレンの、開いた口がふさがらない。
ゴソゴソと紙袋から取り出したのは色鮮やかな三角の筒。
「とりあえず俺らはコレで盛り上がるさー!」
「真夜中にクラッカーを鳴らすなーッ!」
必死に制止しようとするが、騒ぐのが己の使命だと言わんばかりのラビを止める術は持ち合わせていない。
ところ構わずクラッカーを破裂させるラビをジョニーと共に追いかけていると、扉が突然開いた。
「うるさーい!! お前ら何時だと思ってんだ!!」
「ごもっともですリーバーさん、もっと言ってやって下さい!」
「ヒドいよみんなー、誕生日会するなら僕も呼んでよね」
「室長は仕事に戻れ!」
居座ろうとするコムイを、リーバーは腕を掴んで引き戻そうとする。
そんな騒ぎを聞きつけた科学班やエクソシスト達まで集まったため、アレンの部屋はただただ──
───やかましい。
(もういいや)
崩れたケーキを抱えて、悶々と考え事をしている神田の隣に座り込んだ。
好き勝手暴れる仲間達を見ながら食べるケーキは、なんだかとても美味しいような気がする。
「ウォーカーさん、誕生日おめでとうございます!」
「誕生日なんだってなアレン、おめでとさん!」
誰かから聞いたのか、はたまた初めから知っていたのか、よく話す科学班からあまり顔も知らないファインダーまでアレンへ寄ってきて祝福の言葉をのべる。
「お待たせ!!」
帰ってきたリナリーはワゴンいっぱいに料理を乗せていた。
料理長のジェリーまで付いてきて、怒っていないだろうかと見てみたが、その顔は満面の笑み。
並べられた料理に次々手を付けていく人々も、やはり笑顔で、
(なんだか‥‥)
アレンも、笑った。
日付は過ぎているし、ケーキはグチャグチャだし、プレゼントは真っ二つだけれども。
(‥‥‥幸せかも)
宴は続いた、夜が明けるまで。
集まった笑顔は間違いなく、アレンへ向けたものだった。
Happy Birthday
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アレン君誕生日おめでとー!!!
勢いだけで書いたのですがなんだか長くなってしまいました。
たぶん愛故です☆
ここまでお付き合い頂きありがとうございましたーVv