季節は春。
とは言え、日が暮れればまだ寒く、深夜ともなれば上着無しでは外を歩けない。
そんな時刻に、野外とさほど気温の変わらない長い廊下を僕は一人で歩いていた。
(なんだか‥‥変な感じだな‥‥)
リンクが監視に付いてからと言うもの、一人の時間と言うのは皆無に等しかった。
だが、中央庁からの急な呼び出しで僕の元から離れなくてはならなくなったリンクに、代わりの監視は見つからず、教団から出ないと言う条件付きで今は野放しにされている。
そして廊下を歩いている理由だが、理由らしい理由はない。
しいて言うなら散歩だ。
理由も宛もなくぶらぶらと気ままに歩き回っているだけ、ただそれだけだが、もしこれでリンクが付いていたら、彼はたいそう嫌がっただろう。
無意味だ、時間の無駄だ、任務に向けて睡眠を取れ‥‥などなど小言があられのように降って来る事は間違いない。
だからこそ、鬼の居ぬ間にかって気ままな事をしているのだが、時刻が時刻なだけに誰にも会う事は無い。
やはりもう寝てしまおうかと、人知れずため息をついた時、薄暗い廊下に僅かな明かりが差し込んでいるのを発見した。
(神田の部屋だ‥‥)
自分が道を間違えていなければ、その光を漏らしている扉の部屋は、いつも不機嫌な彼のモノ。
そして僕の、恋人だ。
しばらく任務で不在だったはずだが、帰って来たのだろうか。
沸き上がる歓喜を抑えながら、声を潜め名を呼んだ。
「‥‥神田‥‥‥?」
そっと、薄く開いた扉から除いて中を確かめれば、揺れる人影は間違いなく名を読んだその人だった。
しかし、その様子はどこか不自然で、ベッドにけだるそうに腰掛けたまま、右手の手の平で伏せた顔を覆っている。
苦しそうにも見えるその様子に、僕は慌てて扉を開けた。
「神田? どこか具合が悪いんですか!?」
ノックもせずに入ってしまった僕だが、神田はピクリと僅かな反応はしたものの、一向に顔を上げる気配は無い。
むしろ、さらに強く手の平に埋めてしまったかのように見えた。
「‥‥かん」
「来るなッ!!」
「えっ?」
突然飛んできた僕の声を遮る強い声に、一歩進みかけていた足が止まる。
「これ以上来るな」
「神田?」
「いいから、今日は帰れ」
有無も言わせない神田の拒絶に、ただ唖然とした。
膨れ上がっていた歓喜は、その大きさのまま悲しみに変わる。
しかしだからと言って、そのまま引き下がるようなしおらしい性格では無い。
拳を強く握り、途中で止めていた歩を再び動かす。
性急に距離を詰めた僕に、また何かを言いかけた神田の顔を両手で掴んで無理矢理上げさせた。
そして、驚いた神田の顔に向かって迷惑な大声を浴びせてやった。
「お帰りなさい‥‥!!」
大声が去った後の部屋には、静寂が訪れる。
一度目を合わせた僕らは、互いに反らす事無く時間が過ぎた。
神田の目は、始めこそ驚いていたが、今はただ強く睨みつけるように僕を見る。
怒っていると、長い付き合いで分かった。
しかしそれは僕も同じ、久々に会えたと言うのに、跳ね退けられる言われは無いはずだ。
強い視線に臆さぬよう、まばたきを忘れて必死で見ていた僕の左手を、神田の右手が掴んだ。
「テメェが‥‥悪いンだからな‥‥ッ!」
「は‥‥? う、わぁッ!」
急に左に強く引かれ、とっさな受け身も取れずベッドへダイブする。
慌てて起き上がろうとする僕より早く神田は僕に覆いかぶさり、僕の両手をベッドに縫い付けてしまった。
そのまま、抵抗する暇も無く口づけられる。
強く、そして何度も。
互いの唾液が混じり合い、飲み干せなかった二人の唾液が僕の頬を伝ったが、それでも口づけは終わらない。
激し過ぎるそれに思考は追い付かず、神田にしがみつくので精一杯だ。
どれぐらいの時をそうしていただろう。ようやく唇が離れた時には久しぶりのまともな呼吸に忙しなく胸が上下し、薄く涙の張った目からぼんやりと神田を眺めていた。
神田は僕の頬へ伝っていた雫を舐め取るものだから、こそばゆくて体をねじり離れようとしたが、神田はどこまでも追って来た。
「‥‥今さら、逃げられると思うなよ」
「!」
今の神田は、捕獲者の目だ。
今さら、そんな事に気づくなんて。
鋭い矢のように、僕に突き刺さり、けっして逃げられなくする。
「俺は帰れと言った。その警告を聞かなかったお前が悪いンだからな」
「け、警告‥‥?」
キスの最中にでもされていたのか、いつの間にか全開になっていたシャツをスルリと剥ぎ取られ、胸に口を寄せていく。
「‥‥お前の事考えてた。お前に触れてキスしてめちゃくちゃにしたいってな」
「なっ!? ちょっと神田!」
「そんな時にのこのこ一人で現れれやがって‥‥」
馬鹿が‥‥と、呟いた神田は不敵に笑う。
あぁ、もう逃れられない。
再び降ってきたキスを受け止めながら、そう思うが、それすら今さらだ。
負けじと僕も神田の首に腕を回せば、神田も強く抱きしめた。
今さら僕を捕まえる?
そんなの不可能に決まってる。
ずっとずっと昔から、僕は君に捕らえられているんだから。
end
GWも今日で最終日ですねー。
何だかんだとしているうちに最終日になってました(笑)