いつにも増して眉間にシワを寄せる神田と、そのシワを不思議そうに見上げるアレン。
簡単な任務を完了させて帰還して、出迎えたアレンを見た時の神田は決して不機嫌などでは無かった。
むしろ、非常に分かりにくいが、ご機嫌な方だったのだ。
しかし、今の神田はどうだろうか。
「神田? 何怒ってるんですか?」
笑顔なんてモノは出さないが、いつもは出迎えればそれなりに喜んでくれていた。
ではなぜ今、彼はアレンを目の前にしてこうも眉を寄せるのか。
それはアレンにも理解出来ず、首を傾げるしかない。
とは言え、アレン以外の者が出迎えれば眉を寄せるどころか、そこにその者が存在しないかのように無視を決め込むわけだが、それもやはりアレンは知る由もない。
「ねぇ、神田?」
「‥‥お前、」
やっと返答があった事は嬉しいが、その先が続かない。
その代わりなのか、神田は指を指す。
アレンはその方向に視線を向けると、そこは自分の首下。
今日は蝶ネクタイを外し第二ボタンまで外しているため、鎖骨が僅かに覗く。
神田の指はそこを指しているようだ。
「コレがどうかしたんですか?」
「鏡見てみろ」
神田に言われ、鏡の代わりに窓ガラスに映る自分を見るが、特に変わった様子は無い。
しかし、良く目を凝らして見れば、確かに思わず指を指したくなるようなモノが映っていた。
「何コレ!?」
窓ガラスに映ったアレンの鎖骨上に、数本の細い跡。
細い線のような物だったが、アレンの白い肌には赤い跡はかなり目立つ。
「あー‥‥、寝てる時にかいちゃったのかな」
この鋭い跡からして、どうやら左手でかいてしまったようだ、とアレンは考える。
発動していないとは言え武器には変わりない。
以前、蚊にかまれた足をうっかり左手でかいてしまった時も同じような傷が出来たのだ。
「気をつけろバカモヤシ」
「そうですね、気をつけ‥‥って、僕はバカでもモヤシでもありません!」
始まったのは、いつもと変わらない内容の口論で、しばしお互い譲らず続けていたが、アレンの盛大なお腹の音が二人の会話に割って入り、一時中断となる。
「‥‥とっ、とにかくこんな傷ぐらいで神田にとやかく言われる筋合いはありませんよ!」
こんな時に鳴るお腹が恥ずかしいやら腹立たしいやらで、アレンは神田から目をそらして言った。
すると神田は隠す様子もない大きな舌打ちを落とし、先ほどの口論とは打って変わって静かな声で話し出す。
「‥‥人の大切なモン、勝手に傷付けてんじゃねぇっつってんだ」
「え?」
アレンは思わず顔を上げるが、もう目の前に神田は居らず、すでに横を通り過ぎていた。
「あ、ちょっと神田!」
アレンの呼びかけには反応せず、スタスタといつも以上に早足で去って行く神田を、アレンはただ見送るしかなかった。
しかし、当の神田と言えば、それは非常にありがたい。
今アレンに顔を見られるのは、とてもじゃないがたえられない。
この、どうしょうもなく赤くなってしまった顔など。
言ってしまった事への後悔と、少しの期待が入り混じり、その全てを込めたような長い長いため息が神田の口からこぼれた。
思わず強く握り締めていた拳が少し痛いが、そんな事を気にする余裕もない。
あれは、神田の精一杯の告白だったのだから。
だが、
「神田って時々よく分かんない事言うよねティム」
神田の心境も言葉に込められた意味合いも、そんな事は、やはりアレンは知る由もないのだ。
end
神田がヘタレました(笑)
ヘタレた攻めってやっぱり好きですVv