「そこ階段だ」
「あっはい、手すりはドコでしょう?」
「俺掴んどきゃいいだろが」
「はぁ‥‥」
遠慮がちに俺の袖を掴む白い手を、俺の腕にまわさせた。
一歩一歩、確かめながら降りる後輩が、万が一でも踏み外して落ちないようにしっかり見張る。
その横顔は少し戸惑いがちで、見えもしない目で階段を凝視しする。
そう、コイツは視力がすこぶる悪いのだ。
事の発端は単純で、コイツが落とした眼鏡を俺が気付かず踏み潰してしまったから。
確かに俺に非があるのだから、弁償は仕方ないだろう。
だが、問題はそれだけにとどまらない。
声を聞くまで俺が男か女かも分からない程の視力の悪さ。
校内とは言えマトモに歩く事すらままならない。
『俺がお前の目の代わりをしてやる』
『えっ、でも‥‥』
『何にも見えねーんだろ。新しい眼鏡買うまでぐらい責任もってやるよ』
もちろん、責任を感じていたから誘導役を買って出たわけだが。
理由はそれだけでは無い。
学校内でも目立つ白い髪。
何となく気にとめていた人物の初めて見る素顔。
分厚いレンズを外したその瞳は、不思議な色を輝かせる。
長い睫で縁取られた大きな目が俺を見た瞬間、他生徒のやかましく騒ぐ声や、忙しなく走る足音まで、全てが無音の世界になった。
そんな中で唯一聞こえた音は、
バキッ
と、眼鏡が無罪な姿に変わり果てる瞬間の音だったのだ。
下心、と言う物なのかもしれない。
とにかくコイツの傍に居る理由が欲しかった。
名前も知らないコイツの傍に。
下校途中だったコイツの鞄を勝手にひっつかみ、有無を言わさず歩かせた。
戸惑い気味だったコイツも、次第に俺を頼るようになり、それを良いことに、人を避ける振りをして腰や肩に手をかけた。
と言うより、ホントに人が集まってないか?
階段を降り終えた今も、通り過ぎた男子生徒が慌てて振り向き、コイツを凝視してやがる。
見てんじゃねーよ。
威圧をかけて一睨みしてやれば、ソイツはまた慌てて目をそらした。
さっきから何人目だか分からない。
俺が傍に居なければ、眼鏡と言うベールを剥いだコイツに下心を持った輩がどんだけ集まっていた事か。
俺も人の事は言えないかもしれないが。
「どうしたんですか先輩?」
「‥‥何でもない」
俺を不思議そうに見上げる瞳に吸い込まれそうになりながら、そっと歩調を弱めた。
コイツが門を出て、デパートの眼鏡屋に付き、眼鏡を購入すれば、俺達はまた、ただの先輩と後輩の仲に戻るのだろう。
そりゃそうだ。
お互い名前も知らないのだから。
だが、俺はそれで終わらせるつもりは無い。
次のきっかけを待つとか、そんなまどろっこしい事をするつもりも無い。
──タイムリミットは眼鏡屋まで──
(上等じゃねーか)
初めて欲しいと思った。
逃がしはしない。
どんな手を使ってでもお前をモノにする。
そんな俺の横を、窓から入り込んだ少し冷たい風が通り過ぎて行った。
(ごめんなさい、嘘つきで)
──それでも、ほんの少しでもアナタの傍に居れるなら‥──
白銀の髪を少し冷たい風に遊ばせる少年のポケットで、
一昨日買ったばかりのコンタクトレンズが揺れていた。
end
りゅうさんから頂いたネタで書いてしまいました☆
眼鏡を取ったら美少年!
アレン君ならホントにありそうではないですかVv
りゅうさんありがとうございます☆
そういえばもうすぐ旦那の誕生日なんですね‥‥。