短編4

「甲斐のやつなんだよ!」

信じらんねー、と呟く加悦を4人はまるで奇異なものを発見したかのように見た。

加悦が甲斐に特別な感情を抱いているのであろう事は4人とも気付いていた。いつだって加悦が気にしているのは甲斐だった。

気付いていたけど、それでもいつも元気で明るくて、生き生きと、キラキラと輝く加悦に惹かれるのを止めることはできなかった。

4人が好きだったのそんな加悦だ。

それが今は何だ。

「なぁ、酷くないか!?」

同意を求められては4人はたじろいだ。

先程の甲斐を見て、甲斐がどれだけ青の君のことを大切にしているか分かったいるから。
優しく、甘く。大切に大切に青の君を慈しむ甲斐の姿は、かつて他人と一線を引いた付き合いしかしなかった頃の甲斐を知っているだけにその本気が見えた。

そもそも何を持って加悦は、甲斐が加悦に告白をすると思っているのか不思議だった。甲斐が加悦に興味を持ったことなどなかったはずだ。

4人が興奮して甲斐に加悦のことを話したときも、甲斐に加悦を会わせたときも眉一つ動かさなかったのに。

「加悦、あの…、甲斐は先程の方、青の君とお付き合いされてるのですよ」

言い辛そうに円が言った言葉に加悦はキョトンと首を傾げて、

「別れたんだろ?」

いっそ清々しいまでにそう言い切った。

いや、あの、だから。

「かいちょーは青の君と別れてないよ?加悦の勘違いだよ」

いつも加悦にべったり引っ付いていた安岐がほんの少し、ほんの少しだけ苛立たしそうに言った。

「何で?だって甲斐はおれのこと好きなんだろ?それなのに他の奴と付き合ってるなんかおかしい!もしかして、甲斐のやつ脅されてるんじゃ…」

あいつ最低だ!

加悦の言動に4人は呆れとか驚きとかを通り越して吹き出しそうだった。

もともと加悦は人の話を聞かない所があったけど、それにしたって酷すぎる。
甲斐から直接言われ、円にも安岐にも言われているのに、加悦の思考回路はどうなっているのやら。

「かーや!青の君がそんな事するわけないでしょー?」

「土岐!土岐まで脅されてるのか?おれがなんとかするから!無理すんな!」

優しく言った土岐の言葉に加悦は必死になってそう言ってきて、土岐はえぇー、と小さく呟いた。

まるで宇宙人だ。言葉が通じなけりゃ意志疎通もできない。

昔はあんなに好きだったはずなのに、今は…。

「失礼しまーす!」

なんとも気まずい空気を壊してくれたのはノックと同時に入ってきた生徒だった。

「ども、摩津です。青の君の親衛隊長してます!」

ビシッと敬礼のポーズを取る生徒、摩津は先程まで部活をしていたのか剣道着姿だ。

一瞬動き(というか口)を止めた加悦だったが青の君、と聞いて形相を変えた。

「お前、止めとけよ!青の君なんてやつ甲斐や土岐を脅す最低なや、」

つなんだから、と勢いよく言う加悦の顔をスレスレに横切ったのは摩津の拳だ。ヒュッと息を止めた加悦に摩津が一言。

「殺すぞ?」

本気の声色に加悦は驚き、固まった。

いつだって加悦が正しくて、加悦がルールだった。皆が皆、加悦のことを大切にしてくれたし、この学園に来てから少し違う事もあったけど円や土岐だってそうだった。

加悦は自分が世界の中心にいるんだって思っていた。

「お前が何を言おうが構わないが。青の君を乏すことは赦さない」

こんなにも真っ直ぐ嫌悪を向けられる事なんて初めてだった

「な、なんでだよ…?おれ悪いことしてない!あいつが悪いんだろ!なぁ、円!」

ジワジワと溢れてくる涙をぎゅぅっと我慢して円に助けを求めた。

だって当然に助けてくれるはずだから。

それなのに、円はすいっと加悦から目を反らした。しっかり目があったはずなのに。

「円も…、円も何か脅されてるのか?お前もあいつに脅されてるんだろ!」

勘違いも甚だしい。

おれがなんとかしてやるから、と言い募る加悦があまりにも煩わしすぎて。

摩津は我慢ができず、右手で加悦の頬を叩いた。

拳ではなく平手だったのは僅かに残った優しさからだった。

大して力を入れたつもりなどなかったのに加悦の体は床に叩きつけられた。

「な、な、お前!!暴力なんて最低だぞ!お、おれは、お前を助けたいのに…!」

いや、もう。まじで。何言ってんの?

5人は心の底からそう思った。

「青の君がわざわざ様子を見てきてって言うから来たのに。来なきゃよかった…。まぁそんな訳で、失礼します」

はぁぁ、と深いため息を付いた摩津は生徒会役員にお辞儀をすると生徒会室を後にした。

「おいっ!待てよ!話は終わってないぞ!」

摩津を追いかける加悦の背中を見ながら、なんであんな子を好きだったのだろう、と思った。

「……恋は盲目」

ぼそりと呟いた奈津の言葉に円、土岐、安岐はなるほど、と深く頷いた。





おわり!