泣きたくなる程に頭の中は空っぽ、だった。


目を覚ましたところは知らないおばあちゃんの家で話を聞いたら近くの川端で血塗れのあたしが倒れていて放っておくことも出来ず自宅で看病していた、と言う事実だった
そして自分の記憶がないことを話すと笑って「記憶が戻るまでここにいるがいいよ、」そう言ってくれた。

そんな優しかったおばあちゃんが亡くなってひとりぼっちになったあたしは上京することを決意する。江戸に越してきたのは半年前でその時から病院に通院しつつ自分の記憶を探していた、毎日のように見る夢を手がかりに
そして今日、夢と同じ銀髪の貴方があたしの目の前に現れた と言う訳。


今までの敬意を話し終わり、何の反応もない目の前の男の人に視線を当てると下唇を噛み締めて何かを我慢している姿に申し訳なさとやるせなさにたちまち胸が苦しくなる
言わなければよかった、と後悔した。




「…マジかよ、」


短い沈黙を破って銀髪の彼が呟く。あたしはもう一度、『ごめんなさい、』と頭を垂れた。

夢の中で出てきた銀髪の人とこの人は同一人物なのだろうか  あたしの中で最大級の疑問が膨らむ反面それを言い出せる雰囲気ではなくて、
でも、この人はあたしのことを少なくとも知っている

だから思い切って聞いてみることにした。


『…あの、貴方は…あたしをご存じなんですか?』

「…ああ、」


暗闇で目と目が合う。複雑な表情をしながら彼はボソボソと言葉を紡いだ。


「…よーく知ってるさ、あんたの、こと……」


ぎこちない笑顔、それを見た刹那に軽く頭痛がしてあたしは顔をしかめる。ああ、今の表情どこかで見たことがある、と そう感じた。
生憎どこで見たのかは思い出せないけど、


「…っ、とにかく詳しい話が聞きてェんだけどよ、俺の家に来てくんねーか?」


男の人はコンビニの袋を持ち直しながら立ち上がり、それから「大丈夫だ、何もしねーから」そう言い手を差しのべてくれる
少しだけ戸惑ったけれどきっと悪い人じゃない、そう考えてその手を掴もうとした、その時だった。




「──っ、人間ごときが俺に何をしたァァ!!!」

「!?」

『!』


あたしが声のした方に顔を向けたのと目の前に何か白い壁が現れたのはほぼ同時だった。
ばっ、と何かが斬れる音の後に聞こえたのは血が噴き出る独特の音で、状況を瞬時に理解したあたしの目が大きく見開かれる。


『…っ、あ、ああ…っ!』


ばたたっ、と言う音と地面に滴る鮮血。その主は誰だか考えなくても分かった。だって手を差しのべてくれた人があたしの身体の真ん前にいなかったから

どさり、とさっきまで彼が持っていたコンビニの袋が地面に落ち、中身がバラバラに散る。


「人間がぁ…この俺にぃ…何をしたって言ってんだああぁぁぁ!!!!!」


声を荒げて叫んでいるのはさっきあたしの頭を掴んでいたあの天人で、その姿は映画か何かに出てくる化物を彷彿とさせていた
天人は刀を振り上げてはがむしゃらに振り回し始める。男の人は天人の太刀筋を見切っているのかその全てを木刀で防いでいた。

一連の行動は早くてもう目では追えないくらいで、びゅんと言う風切り音とそれを受ける音だけが辺りに響く。


「俺を誰だと思ってんだあぁぁ!!!」

「知らねーよ…っ、黙って寝とけ!」


天人の一瞬の隙をついて木刀が横一閃に空を切り裂く。その木刀に天人の持っていた刀が弾かれて宙に舞い、死体の中にからんと小気味いい音をたてて落ちた。丸腰になった天人は慌てふためいて、男の人はそんな天人の腹を思い切り蹴り飛ばした。


「ぐわああっ!!」


天人は数メートル吹っ飛び、泡を吹きながら何も言わずに気絶する。それを見た彼の膝が安心したかのようにがくりと折れた
あたしはハッとして彼の正面に回る。胸元が斬られたのか赤く滲んでいて、


『あ…っ、だ、大丈夫ですか!?』


すぐに止血しなきゃ、と思い立ったは良いけれどこんな場所に包帯なんてある訳がない。
やむを得ず自分の着物の裾を噛み千切って包帯代わりにした。それでも溢れてくる血にただ動揺するばかりで、


『は、早く手当しないと…!』


そう言って身を起こして立つあたしの掌を男の人がぎゅっと握り締める
今にも泣きそうな歪んだ顔で、彼は口を開いた。


「っ…俺のことは気にすんな、

…それより、お前は…大丈夫か?」

『…!』



どうして、
どうしてこんな時にあたしのことを気遣うの
今は貴方の方が重症で
早く手当しなきゃ
死なせたくないの

誰を?
貴方を

   、どうして?


『なんで…なんで初対面のあたしを心配してくれるんですか…?』


その問いに男の人は立ち上がり、あたしの肩に手を置いてやんわりと笑って言った。


「…あの時言っただろ?






俺がお前を守る、って」








その刹那、
脳裏にいつか見た映像が発光するかのようにフラッシュバックした。

そうだ、あの時もこうやって銀髪の人に支えられて戦争に行く勇気をもらったんだ


初めて生きて帰りたいと思った
死にたくない、と。
みんなのため、そして貴方のためだけに。


『──…ぎ、ぎん…』


唇が勝手に動き貴方の名を口ずさむ。この名前を呼ぶのも久々だった。


『ぎ…銀、時…銀時ぃ……っ!』


確かめるように何回も何回も名前を呼ぶ。その度にあたしの瞳からは涙が零れて銀時はそれをあの懐かしい体温で落とさないように拭ってくれた
そっと、音もなく。


「…なァ、全部、思い出せ…たのか…?」

『わ、かんないけど…銀時のことは思い出せるよ。
それから戦争のことも、みんなのことも』

「…そーか…」


そう言った銀時の表情は今までのとは違いどこか晴れやかに見えた。



【長くなりそうなのでぶつ切り。ちなみにずっとずっと逢いたかったのはの続き。
後編に続く(笑)】