蟲出しの雷と乾麺のように突き刺さる雨、口ずさむメロディー

ひとりぼっちの広い空間で
誰もいないと油断していた、から。

「久々だなァ」

「ぎゃあ!」

背後から野太い声をかけられ、思わず飛び上がった。
慌てて振り返ると、あの日別れたままの風柱様。

「あっあっ、風柱様!?」

弛緩していた体勢を光の速さで整え
ついでに脳のネジも急いで巻く。
乾拭きしたばかりの畳に額を擦り付けて
帰ってきたばかりの御方に挨拶をした。

「た、大変申し訳ございません!お帰りになっていたのですね!風柱様に気付かず申し訳ございませんっ」

「あーいい、楽にしろォ」

そうおっしゃってくださり、さらに「しかし俺が出た時となんも変わんねェなァ。屋敷を守ってくれてありがとよ」と言う、なんとも勿体ないお言葉がはらはらと降ってきた。

「と、と、とんでもない!そ、そのようなお言葉、本当に身に余る光栄でございます。ええとあの、」

「だから楽にしろって言ってんだろがァ」

「ひっ!」

布が擦れる音、風柱様が屈んでくださったのだと見ずとも分かる。
顔を上げ、はたと目が合う。
それ以上畏まると殺すぞ、と見開かれた目で脅された(気がした)

「ったく、おい、土産買ってきたんだ。一緒に食うぞォ」

すっと立ち上がると、左手に持っていた風呂敷を差し出された。

「土産……ですか」

「美味そうな洋菓子でよォ、流行りモンらしいぜ。食い方は……よく分かんねェけど」

「あっ、はい!ただ今飲み物と一緒に準備致しますっ」

絹の風呂敷が、優しく手のひらに触れた。
手触りが滑らかすぎて落としそうになる。

「でっ、ではっ!…あっ、ただ今座布団をお持ちします!」

「いらねェよ。いいから、俺のことは気にすんなァ」

「あっ、はひっ!?し、承知しましたぁ!」

両手に風呂敷を抱えながら、急いで台所へと走る。
息付く間もなく湯を沸かし、その間に風呂敷を開く。
結び目なんてかなったかのようにするりと解け、中から出てきたのは黄色くて(上は茶色かった)四角くて柔らかな何かだった。

「こ、これは……!?」

見たことのない食べ物に後ずさりする。
どどんと鎮座するそのお姿に戦々恐々。

「い、一体どうすれば!」

そのまま食べるのか否かで迷い
何の飲み物を出すかでまた迷う。
未知の領域、初体験。
とりあえず研ぎたての包丁を取り出し、さくりと一刀入れると
それはあっさりと縦に切れた。

「ひええ」

切れ端は力なくぱたりと包み紙の上に倒れる。
薄く切りすぎたのだろうか、いやこれが正しい姿なのか?
わたしの疑問をよそに、菓子の甘い香りが鼻をくすぐる。

(よく分からないけど高そうだし、薄く切って黒文字をつければなんとかなりそう)

何切れか用意し、抹茶を用意する。
ひっくり返さないようにそうっと運んでいると、居間の縁側に座っていらっしゃる風柱様を発見した。

「風柱様、お休みのところ失礼致します。いただいた洋菓子の準備が整いました」

驚かせないように遠くから声をかける。
風柱様は顔だけこちらに向け、「ありがとなァ」と笑った。

「こちらでございます」

「おォ……んん?」

浮かぶ疑問符。
同時に未だ降る雨音をかき消すくらいの声量が、わたしの喉から生まれた。

「も、もしかしてこの菓子の切り方に間違いや不備がございましたか!!?」

ああなんたる不覚!
これでは風柱様の面目が丸潰れ、しかし既に手遅れ、あれそれ考えとにかく頭を垂れ。
ところが次の瞬間、

「いや、俺の分しかねェだろォ」

なんておっしゃるものだから。

「…へ?」

今度は雨音にかき消されるくらいの、間抜けな声が出た。

「一緒に食うぞォ。テメェの分も持って来い」


かすていら、うわのそら。


(き、緊張で味が分からない!)


サネミチアが旅に出た話のつづき。

色々考えたんだけど、続き物にしてはっぴーえんどにしようかなって!笑
隠(女)→多分10代後半。
サネミチアにおはぎじゃない食べ物を食べさせたかっただけ】