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拾いもの話・弐の八

久々に拾いもの話の続きを投下したいと思います。お手数ですが、見覚えがない方は先月の半ば頃から連載していた『拾いもの話』1〜7までをご確認下さい。

新八を探す新米刑事・沖田くんの仕事ぶりからです。


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「…土方のクソヤローが…」

ぽつりと吐いた悪態が空にただよっては消えていく。俄かに喉から押し出した自分の声は一緒で消え失せ、代わりに辺りを満たすのは子供達の無邪気な笑い声だけになる。
もう幾度となく繰り返した呟きに頭を掻いて、沖田総悟はその視線を空から地上へゆっくりと戻した。


時刻は昼の午後1時。場所は都内の某公園の片隅にあるベンチだ。寝そべってこそいないが、沖田はもう小一時間もそこから立とうとはしなかった。

春先であるにしてはひどく暖かい陽気である。少し暑いと言っていいくらいかもしれない。その証拠に、先程から沖田の目の前で遊んでいる子供達は夏のような恰好をしていた。

滑り台やブランコで遊ぶ内に暑くなったのか、着ている上着を脱いでTシャツ一枚になった子供の姿さえ見受けられる。子供独特の甲高い声が耳に留まった。彼らの楽しげな姿は公園の平和な空気によく馴染んでいる。

それに引き換え、と沖田はスーツ姿の自分の恰好を自嘲するように唇の端で笑った。刑事なのだから私服でもいい筈なのだが、元来が童顔気味な青年にとってスーツは言わば“制服”である。私服だと何かと子供に見られがちな彼は、割に好んでスーツを着ていた。そうする事で一般市民に対して介入がしやすくなる。ようするに彼は、誰かになめられるのが非常に嫌なのだ。

だがこんな日には、そのジンクスもどこへやらである。


「あーあ、クソガキは気楽でいいよなァ…」

憮然と一人ごちて、沖田はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。右手で空に翳すように見上げた写真には、一人の少年がはにかんだ笑顔でフレームに収まっている。

癖のないすとんと真っ直ぐな黒髪に、茶色がかった黒目がちの瞳。少年はそれを覆うように眼鏡を掛けているのだが、彼本人の清々しい輝きのようなものはファインダー越しでも十分に伝わってくる。
それを撮った人物が、どんなに彼を愛しているのかさえも。


「一体どこに居るんでィ…“高杉新八”」

問い掛けるようにして、沖田は写真の少年に囁いた。


沖田が今見詰めている写真を彼に寄越してきたのは、他の誰でもない、彼の上司である。すなわち、ニコチンとマヨネーズ摂取に日々明け暮れる、瞳孔開き気味な警視庁捜査一課のクソ男(沖田の言葉を拝借する)…土方だった。


『ガキの写真だ。一回だけ高杉の家を家宅捜索した時に抜いてきた。ばれたら始末書だから黙っとけよ。…失くしたら承知しねーぞ、総悟』

そう言って、土方が一枚だけこの写真を沖田に押し付けてきたのである。だが、この科学の時代においてこんな紙切れ一枚で人探しをしろと無理難題を言う土方に、当然沖田は真っ向から噛み付いた。


『無理でさァ。刑事が足で稼ぐ時代は終わりやした』

至極真っ当に言い返した沖田だが、土方はその言い草が気に入らなかったらしい。彼もまた真剣にこう言い返してきたのだ。

『バカ野郎、いくら高杉の弟でも相手はただのガキだ。友達とか居るだろうが、それを当たれ』

『それなら土方さんがどうぞ。俺はちょっと管轄をぶらっとしてきまさァ』

『サボりじゃねーか!!言った隙から清々しくサボってんじゃねーか、テメーは誰の部下なんだ!…いいか総悟、事件は現場で起こってんだぞ。ここで起こってる訳じゃねェ』

『土方さん、アンタはレインボーブリッジでも封鎖する気ですかィ。時代はもう三作目に突入してんだ、青島刑事だって昇進するんですぜ。いまさらナンセンスすぎらァ』

『ッ…いいからさっさと行ってこい、ひよっこ刑事がァァァ!!!!』

…と、このように某刑事ドラマに憧れる上司と身にならない会話を繰り返し(全くである)、彼によって捜査一課から叩き出されてしまった。故に朝からぶらぶらと宛てどもなく街を歩いている沖田だが、当然の如く、そうそういい情報に巡り会える筈もなく。


「…土方のクソヤローが…」

したがって、冒頭のような悪態を何度もつく羽目になっている。


それに何より、新八の通っていた学校等への聞き込みはもう済んでいるのだ。最寄りのコンビニから、それこそ近くの駅の駅員にまで、既に土方と二人で聞き込みをしていたのにこれ以上何を探せと言うのだろうか。言うなれば、もうこれ以上は無駄だ。新八を探せと言われてから既に数日が経つというのに、まだ自分はこんな無駄な事をしている。
そう思うと、やる気など全く沸いて来ない沖田であった。

現に、彼はこのベンチからもう一切立ち上がる気はない(刑事として云々という説教は沖田には通じない)。


「チクショー…死ね土方…」

だが、段々と過激になってくる罵りを沖田が再び口にした、その時である。視界の端に何かが入り込んだような気がした。

「!?」

急いで写真を手元に引き戻し、その“何か”を視線で追い掛ける。沖田が注視しているのは、公園のブランコに今しがた腰掛けた一人の少年の姿だった。

いつの間にか遊んでいた子供達はいなくなり、公園は俄かにしんとした静寂に包まれている。沖田は信じられない思いで手元の写真と目の前の少年の顔を急いで見比べた。

(…信じられねーや…)

見比べる度、そこに居るのが写真に写った少年であるという確信が増していく。紛れもなく、彼はこの写真の少年と同一人物だ。


少年は買い物帰りなのか、右手に大きな袋を一つぶら下げていた。ブランコから伸びた足を所在なくぶらつかせて、何か考え事でもしているのか、そばにいる沖田を全く気に留めた様子もない。

はあ、とため息をついたような仕草を見せ、少年が立ち上がったところで沖田も慌てて我に返った。

(追わねーと…!)

ぶんぶんと頭を振って気合いを入れ直し、少年の後を静かに尾行する。今更ながら心臓がどくどくと鳴り出した事に沖田は苦い笑みを浮かべた。
今回ばかりは、あの気に食わない上司の苦言も為になったのかもしれない。

だがやはり一番に褒めたたえたいのは類い稀なる己の刑事センスであると確信し(そういう青年だ)、沖田は少年の後をひっそりと追い掛けた。つかず離れずの距離を保ちながら、携帯の短縮番号に電話をかける。あとものの数秒もすれば土方が電話に出るだろう。

(早く出ろってんだ、クソ土方…!)

心の中で再び罵倒しつつも、視線だけは目の前の少年から外さない。気付けば沖田は無意識に走り出していた。

ここ数日彼が必死になって追い求めた少年、“高杉新八”の後を追って。




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新八は何で高杉姓を忘れちゃったんだろう。何かそう考えると色々切なくなりますね。どうしようもない兄弟に、とてもとても萌えますね(お前がどうしようもねーよ)。


それではまた!
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