囲われたその世界に咲く・2(※リクエスト・ユーリ女体化)

続きです。
微々裏ぐらいですが、閲覧にはご注意下さい。






「…偽善、者…」

ユーリの胸元から身体を離して、フレンが小さく呟く。掴まれたままの両手首に、僅かに力が込められた気がした。

ユーリに投げ付けられた言葉を、ゆっくりと反芻する。虐げられている人々を救いたい。それは間違いなく本心から思っている事だった。しかし、目の前のユーリはそれを信じていないようだ。

そもそもユーリはフレンを篭絡しようとしていたのだが、その行動はあの男達に強要されているのだろうとフレンは思っていた。このような場所に好きでいる筈がない、というのがフレンの中の絶対的な考えであり、その事こそフレンが今の立場を手に入れる為に必死で努力をしてきた理由だった。

偽善などではない。
そう思ったら我慢ならなかった。


「何で…。君は、こんな事を続けるのが嫌じゃないのか!?」

「……こんな事、ね…」

「そうだ。…僕の育った街は貧しくて、大人が自分の子供を売るのが当たり前だった。売られた子供がどうなったか…考えただけで、気分が悪い」

ぎり、と奥歯を噛み締めたフレンが悔しそうに顔を歪め、固く握った拳を震わせる。
なるほど、そのような行為を心から憎んでいるのだろうという事はユーリにも理解出来た。


「だから、僕は」

「二つ目、教えてやるよ」

「は……、え?」

いきなり話を遮られて、フレンは一瞬動きを止めた。
ユーリの声は、どこまでも冷たい。
その手が触れている自分の手首から、まるで体温を奪われていくかのような錯覚すら覚えるほどだった。


「ふ、二つ目?」

「あんたの質問には、二つの意味があっただろ?一つ目は、あんたとおっさん達の話を『なぜ』オレが知ってんのか」

「…あいつらに言われていたから、だろう?」

フレンの言葉を無視してユーリが続ける。

「二つ目は、あんたの言うところの『こんな事』を、『なぜ』オレがやってるのか」

「だから、あいつらに…!」
「違う」

「違う…?何が違うんだ」

「無理矢理でも、強制でもない。オレは自分の意思で、ここを失くさないために今、ここにいる」

「え……」

「あんたみたいに、表面しか見てないやつにはわかんないんだよ。だから偽善。大きなお世話。…オレは、自分の仕事に誇りを持ってる」

「!!」


ユーリの言葉に、フレンは衝撃を受けていた。



「…オレはこの宿で生まれ育った。母親もここの大夫で、相当の美人だったらしいぜ」

オレは母親似なんだってさ、と軽い調子でユーリが言う。

「あっちこっちのお大尽から引く手数多だったらしいけど、身請け話も全部断って…オレを産んで、すぐ死んだ」

「……」

「客の一人に惚れてたんだってさ。オレは、そいつとの間に出来た子供ってわけ」

聞かない話ではなかった。だが年季の明けない遊女が身篭った場合、新しい命の殆どはこの世の光を見ることはない。身請けが決まっていればまだ話は違うかもしれないが、相手が子を望んでいない場合、身請け話自体がご破算になってしまう事すらあった。

「…君の父親は?」

「オレが生まれる少し前に戦に出て、死んじまったって聞いた。オレを育ててくれたのが、ここの女将さん夫婦」

「……だからここを潰させまいとするのか」

「あんたには分からないかもしれないけど、オレは自分を不幸だなんて思ってない。姐さん達は優しかったし、色んな事を教えてもらった。芸事も、教養も。知ってるか?ただ顔と身体がいいだけじゃ、大夫にはなれないんだぜ」

そう言って少し笑ったユーリは、確かに誇らしげだった。しかし、すぐに瞳が臥せられる。

「初めて客を取った時は、怖かった」

フレンは何も言う事が出来ない。

「でも、客の男もちゃんと女将さんが選んでくれた。もっと金を出す、っていうやつらを蹴ってまで。終わったあとは、姐さん達が気遣ってくれた。…なあ、なんでか分かるか?」

「………」

「オレ達は、ここで生きる以外の生き方を知らない。ここにいるみんな、家族みたいなもんなんだよ」

「それでも…辛い思いだってするだろう。君みたいにここで生まれ育ったというならまだしも、無理矢理連れて来られて酷い目に遭う人だっているんだぞ!?」

たまたまこの遊郭の経営者が人格者で、ユーリが恵まれていただけに過ぎない。そうとしか思えなかった。

実際、この街の外れには幾つもの安宿があって、宿泊客への性的奉仕を行っているところも少なくない。
衛生面の問題から病気になる者も多く、その殆どは満足な治療を受けることも出来ずに命を落とす。フレンがこの街へ来て、初めて目にした現実だった。


「そんなの知って――!」

ユーリが顔を歪ませる。
いつの間にか、フレンはユーリの手首を握り返していた。

「…っ、痛……!!」

強く握られて、ユーリは指先が痺れるような感覚がし始めた。

フレンは力を緩めない。
その指先はユーリとは逆に赤く色付き、掌にユーリの拍動を感じるほどきつく握り締めてなお、離す気にはならなかった。

「く……!」

「痛い?でも君は恵まれてる。今この時も、もっと辛い思いをしてる人はたくさんいるんだ…!」

「…っは、こっちがあんたの本性?」

苦しげに眉を寄せて、ユーリはフレンを見上げた。
しかし何故か口元には笑みを浮かべていて、それはフレンの心を激しく波立たせる。何に対してこれ程までに苛つくのか、フレン自身もよく分からなかった。


「…何がおかしいんだ」

「だからあんたは偽善者だって言うんだよ。オレが恵まれてる?そんなのオレが一番良く分かってる。だったら何だ。やってる事の中身は同じなのに、『恵まれてる』オレにはこの態度か?あんたには救う相手を選ぶ権利があるとでも?…笑わずにいられるかよ」

「なん…」

「あんたは何でここに来た?何でその『酷い目』にあってる奴らのとこに行ってやらないんだ。とりあえず一人二人は助けてやれんじゃないの?…その場しのぎでもさ」

「…どういう意味だ」

「そうやって助けた奴ら、どうなると思う?厄介事を嫌った店から放っぽり出されるか、ますますこき使われるだけだ。あんた、そいつらの面倒見てやれるのか?」

「他の仕事を紹介するぐらい出来る!!」

「他の仕事?それが出来りゃ、とっくに逃げ出してるさ。…いいか、ここは公許だ。国が認めてんだよ、この街でやってる事を!!」

それが何を意味するのか、フレンに分からない筈がない。フレンはその許可を与える国側の人間だ。


「もう一度聞く、あんたは何で、ここに来た?一番デカいところ潰して、上の奴らビビらせようとでも思ったか?叩けば何か出ると思ってんだろ。司法の最高責任者が自ら証拠集めなんて、聞いた事ないな」

「…………」


正直、ここまで見透かされるとは思わなかった。
末端をいくら浄化したところで、キリがない。
この花街が公許である限り、そして街一番のこの遊郭がある限り、全てはなかった事にされて来た。
国のお偉方は、大層この場所を好いているのだ。
仕組みを変えるには、劇薬を使うしかない。

劇薬は、自分だ。

「…そうしなければ、いつまでも人身売買はなくならない。不当な扱いを受けて虐げられる人も減りはしない。例えここが君の家と言える場所だとしても…」

フレンは、見上げるユーリの視線を真っ直ぐに見返した。綺麗な瞳だと、改めて思う。
自分のやろうとしている事でこの瞳を曇らせたくない、と思う心が偽善なのだろうかと、ふと考えれば果てしなく気持ちが落ちていくのを止められなかった。

「それでも…僕は必ず、この街を変えてみせる。…必ず」

小さく、自分自身に言い聞かせるように呟くと、漸くフレンはユーリの手首を解放した。
ずっと握り締めていた細く白い手首には、指の跡がはっきりと残っている。それはまるで朱い縄で縛り上げているかのように見え、まともに見る事が出来ずフレンは顔を背けた。

ユーリは俯き、黙って手首を摩っていたが、やがて小さく息を吐いて顔を上げた。
気配に顔を向けたフレンは、鼻先が触れ合うほどの近さにあるその顔に驚き戸惑い、視線を彷徨わせる事しか出来なかった。

自分は正しい事を言った筈なのに、この後ろめたさは一体何なのか。


「…あんた、本気?一人でどうにか出来る事じゃ…ないだろ」

ユーリの声音は、どこか憐れみを含んでいるような気がした。だがそれは決して不快ではなく、むしろその表情が哀しげな事が不思議だった。

殆ど無意識にフレンはユーリの左頬を掌で包み、そっと親指を滑らせる。
まるで涙を拭うような動きに、薄紫の瞳が小さく見開かれ、すぐに臥せられた。

「何、してんの」

「…君が、泣きそうに見えた」

「ふん…。だったらそれは、あんたのせいだろ。…あんたはいつか、オレから全て奪うんだから」

「そうだな…」


後ろめたいのは、彼女を悲しませたくないと思うからなのか。

結局、魅了されていたのだ、最初から。意味もなく苛立ったのはそのせいだ。
篭絡されてやるつもりはない。だが、彼女が欲しい。
信念を曲げるつもりはない。だが、彼女の居場所は守りたい。

相反する思考の中で、独善的な自分自身を嘲笑った。


「…もういいや」

ぽつりと呟いて、ユーリが臥せていた瞳を上げた。泣いてはいない。だが、心なしか潤んでいるように見えた。


「あんた、ほんとに頭が固いな」

「性分だからね」

「仕方ないな……」

ふ、とユーリが微笑い、僅かに顔を上げた。もともと近かったそれはすぐに触れ合い、柔らかな感触がお互いを包み込む。
中途半端な刺激がもどかしく、フレンは頬を撫でていた掌をユーリの後髪に絡めて思い切り自分のほうへと引き寄せた。

深く合わせた唇は、離れるときに一筋の名残を落としていった。


「…抱く気になった?」

「君がそうして欲しいなら」

「何言ってんだ…。あんたは『客』だ。抱きたいと思ってるのはあんただろ」

「君を袖にする男はいない、か」

「そう。それがオレの矜持」

「…君を抱いても、僕は何も変わらない」

「別にいいさ、どうせおっさん達が何言ったって聞きゃしないんだろ。…オレはこの仕事に誇りを持ってる、って言ったよな。金だけもらって、何もしないわけにはいかないんだよ。あんたは『客』だ。客を喜ばせるのがオレの仕事なんだから」

殊更に『客』と『仕事』を強調され、フレンはこの場所への嫌悪を深くした。

細い身体を乱暴に手繰り寄せ、再び唇を重ねて着物を暴く。
僅かに強張る肢体に腕を回して床に組み敷くと、塞がれた唇の端からくぐもった呻きが漏れた。

潤む瞳が、物言いたげに見上げる。

「ん……っむ、んん―ッ!!」

「……なに?嫌になったのか?」

「違っ…布団!このままじゃ痛いから……」

「必要ない」

「は…?」

「夜を明かすつもりはないんだ」

「………そうかい」


最低な客だな、と零した口を三たび塞いで、滑らかな肌に手を這わせた。

重ねた肌は熱くて堪らないのに、心は痛いほどに冷たい。
名前を呼んでしまいそうになる度に口づけていたせいで、すっかり取れてしまった紅の下から現れた桜色が余程美しいと思った。









頬を撫でる、冷えた夜風が心地好い。


濡れたように光る黒絹の髪も、唇と同じ色に染まってゆく膨らみも、張り詰めた爪先も、記憶に残しては駄目だ、と思う。
灯りを消さなかった事を後悔しても遅く、閉じた瞼の裏にはユーリの姿しか浮かばない。

たった一度、確認の為に呼ばれた以外は互いの名を口にする事もなかった。呼べば揺らいでしまいそうで、何度も唇を塞ぎながら、それでも心の中ではずっとその名を呼び続ける自分が滑稽だと思った。





振り返った先にあるのは、澱んだ堀と高い塀とに囲われた牢獄だ。

いつか必ず解放すると誓った心を囚われた気がして、それを振り払うかのように叫び声を上げた。




ーーーーー
終わり
▼追記

囲われたその世界に咲く・1(リクエスト・ユーリ女体化)

7/11 緋鶴千歳様よりリクエスト

フレ♀ユリでユーリ遊女パロ
女体化なので苦手な方は閲覧にはご注意下さい。






自分は酔っているのだろうか。


そんな筈はない。酒の強さには自信があった。

実際この場所に連れてこられてから相当量の、しかもかなり強い酒を勧められてきてはいたが、思考は至って冷静なままで何の変化もなく、むしろ飲めば飲む程に気持ちは冷えびえとするばかりだった。

派手に飾られた遊郭は悪趣味としか思えず、絢爛豪華な装飾や調度品もまるで心打つものはない。
このような建物に金をかける事が、心底馬鹿らしいと思う。

女達の化粧の匂いが鼻について、出された料理に手を付ける気にもなれない。
全てが無駄で、不必要だ。

確かに、そう思っていた。



酒に溺れさせて懐柔するつもりなのは分かりきっている。彼らは作戦の選択を誤った。

どうやらそれを悟ったらしい男の一人が、半ば諦め顔で軽く手を叩く。すると少しの間の後、音もなく開いた引き戸の向こうから一人の女性が現れた。

その姿を見た瞬間、周りから全ての音が消えたかのような感覚に陥って、呼吸すら忘れてただ彼女を見つめている自分は一体どんな顔をしていたのだろう。
先程の男が、自分の様子を見て満足げに表情を歪ませている。


―――あれは、この廓…いや、この国で一番の大夫にございます。


この国で、一番?
確かに美しいけれど、そんな人が何故、僕の所に。


――我々からの、心づくしでございます。どうぞ、朝までごゆるりとお過ごしを。…よろしく頼みますぞ、フレン殿――


酔ってなどいない。

だというのに、男の言葉は自分の耳に遥か遠く、身体は急激に熱を帯びて呼吸が浅くなっていた。

男達が部屋を出て行った事にも気付かずに、フレンはその場で硬直したように動かない。その女性に間近に迫られて、漸く我に返ったのだった。



「……っっ!き、君は…?」

「オレ?ユーリって言うんだ。あんたは…フレンだろ?よろしく」

身体を擦り寄せて微笑む姿は酷く妖艶で美しいのに、それに似つかわしくない粗雑な言葉遣いにフレンは知らず眉を顰めていた。
先程感じた熱が、徐々に引いて行く。

「ん?どうしたの」

「…オレ、なんて男みたいな喋り方、するものじゃない」

「……はあ?」

「君みたいな綺麗な女性が、そんな言葉遣いをしないほうがいいと言ったんだ。品位を疑われてしまうよ」

フレンは当たり前の事を言ったつもりだったのに、ユーリはフレンの胸にしなだれかかったまま、ぽかんと口を開けて見上げてきた。心底意外だ、という様子に見える。その表情は最初にこの部屋へ現れた時よりもだいぶ子供っぽくて、フレンはこの反応こそ意外だ、と思っていた。

「…どうかしたかい?僕は何か、変な事を言ったかな」

「ふ…ふふ。はははは!」

「なっ…」

「噂通りの奴だな、あんた」

「噂…?」

すい、と身を離したユーリが、すぐ目の前に座り直してフレンをじっと見つめている。その視線に、どこか冷たいものを感じてフレンは知らず身体を固くした。

「そう、噂。今度の司法長官様は、若くて有能で、しかもとびきりイイ男で…」

白くて長い指先が、無遠慮にフレンの顔に突き付けられた。
フレンが口を開くより早く、ユーリが一言。


「とんでもなく頭が固い」


二の句が継げないでいるフレンの様子に、ユーリはまた可笑しそうに笑っていた。




「…いつまで笑ってるんだ」

「だって面白いからさ。それに…あんた、気付いてる?」

「なん…」

何の事だ、と言いかけて、フレンは自分の置かれている状況にやっと気がついた。
部屋には自分とユーリの二人きりだ。自分をここに連れて来た男達の姿はとうにない。

しまった、と舌打ちして腰を上げかけたところを、伸ばされたユーリの手に腕を掴まれて体勢を崩し、無理矢理座らされる。

「何するんだ!彼らを追わないと…!」

「もうとっくに帰っちまってるよ。どんだけ時間経ってると思ってんの」

「だが…!!」

「それに」

ふふ、と笑って再びユーリが身体を寄せて来る。甘えるように胸元に頬擦りをして見上げる瞳と真正面から視線がかち合ってしまい、フレンは思わず腰を引いた。

まるで挑むように妖しい光を湛えて見つめる瞳から目を逸らす事が出来ないまま、知らず喉を鳴らしたフレンを見るユーリはどこか満足げだった。

「…っ!は、離…」

「それに、オレの仕事がまだだし…」

「し、仕事?」

「そ。あんたに精一杯尽くして、骨抜きにして…」

「…………!!」

ユーリの瞳がすっと細くなる。今度はまるで射竦められたかのような思いでフレンは身体を強張らせた。


「ここを潰そうなんてバカな考え、吹き飛ばしてやる」







それはフレンにとって、予想外とも言える言葉だった。


「何故…そんな事を」

「何故?あんた、どっちの意味で言ってる?」

ずい、と顔を近付けられて、思わずフレンは顔を逸らしてしまった。彼女に見つめられると、酷く落ち着かない。

ついさっきは逸らすことの出来なかった、紫水晶を思わせる瞳。

それが今では何故か恐ろしい。声が上擦ってしまったのを、気付かれていなければいいが。


「どっち、って…」

「まず一つめ。あんたとさっきのおっさん達の話をなんでオレが知ってんのかって事」

「……」

「答えは簡単、聞いてたから」

「何だって!?」

「そんな驚くことかよ。オレ、ずっと隣の部屋にいたんだぜ?もう出番ナシかと思ったよ」

ユーリがうんざりしたように肩を竦める素振りをする。
だがそれよりも気になる事があった。

「出番って、何だ。君は最初から彼らに呼ばれていたのか?」

これにはさすがに呆れたらしく、ユーリがわざとらしい溜め息を吐く。

「…あんた、ここを何処だと思ってんの?接待すんのに女が付かないわけないだろ」

「そ、それはそうだけど。でも僕はそんなつもりは」

「そんなの分かってる。最初からオレが出てったら、あんたあいつらの話なんか聞かなかっただろ。…まあ酒もあんま効果なかったみたいだけど」

その顔で酒豪なんてなあ、とこぼすユーリに、フレンは納得がいかない。

「酒の話と、君の盗み聞きに何の関係があるんだ。…言葉遣いだけじゃなくて、客に対する礼儀もなってないんだな」

「ふうん…言ってくれるじゃん。ま、正確に言うと、聞くまでもなく知ってはいたんだけどな。まずは酒で気分良くさせて、次にオレが『気持ち』よくさせる」

「きっ………!!」

「いちいち赤くなってんなよ、かわいいなあ。で、きっちり堪能したからにはそう簡単に潰すとか言わせねーよ、ってのがあいつらの考え。代金、こっち持ちだし」

「僕はそんな事をするつもりはない!!」

「しようがしまいが変わらねえよ。『ここ』で夜を明かして、何もしなかったなんて誰が信じるかっての」

「そんなの分からないだろう」

「分かってねえなあ。その為にオレなんだよ」

「どういう…!」

ユーリの腕が首に回され、そのままぐっと引き寄せられる。耳元に息を吹きかけられて、何とも言えない感覚にフレンは全身が粟立つのを感じた。

慌ててその腕を掴んで引き離すが、ふと見たユーリの顔が近くて心臓が跳ね上がる。落ち着け、と懸命に自分に言い聞かせてなんとか言葉を搾り出したものの、語調が不自然に荒くなったのは何処か後ろめたいところがあるからなのだろうか。


「っ、何するんだ!!」

「なあ…何も感じない……?」

「なん…」

うっすらと開いた唇からほんの僅か舌先を覗かせ、ゆっくりとなぞる動きに目を奪われていると、ふいにその唇が笑みの形に歪む。

「…そんなはず、ないよな…。オレが入って来た時のあんたの顔、なかなかの見物だったぜ?」

「う……」

見蕩れてしまったのは事実なので、言い訳できない。しかも、そのせいで男達が退室したことにすら気が付かなかったのは不覚としか言いようがなかった。

「酒じゃ駄目だったけど、これならいけると思っておっさん達も安心しただろうぜ。…まあオレもそう思ってるけど?なんたってオレ、ここで一番の大夫だし」


だから、と言ってユーリはフレンに掴まれたままだった腕を自分のほうへと引いた。それ程強い力ではなかったが、不意を突かれたフレンはそのままユーリの胸元に顔を埋める格好になってしまった。



「オレを袖にする男なんていない。だから、あんたの言う事なんか誰も信じない。そういう事」



大きく開いた胸元はただでさえ直視に堪えないのに、今フレンの視界は白くて柔らかな肌で覆われている。

鼻腔を擽る甘い薫りは、着物に焚きしめられた香なのか、それともユーリの身体そのものから発せられているのか分からない。
ともすれば溶けてしまいそうになる意識を必死で手繰り寄せながら、自分はこんなに誘惑に弱い人間だったかと思ってフレンは愕然としていた。


しっかりしろ、何をしている。
何故この場所に来たのか思い出せ。


…そうだ、自分はこのような場所をなくして、そして―――



身じろぎひとつしないフレンに不審なものを感じ、ユーリが訝しげに尋ねた。


「…何やってんの?それだけで満足?そんな筈ないよな。なあ、もっと…」

「しないよ」

顔を上げたフレンがはっきりと言う。

「はあ…?何言ってんの。無理してんの丸わかりなんだけど」

「…無理してるのは君のほうだろう」

「なんで?」

「何でって…。好きでもない男に、金のために身体を好きにさせるようなことを喜んでやる女性がいる筈ない。僕は、君達がこんな事をしなくて済むようにしたいんだ」

「……………」

「その為に僕はここに来たんだ。それなのにこんな―」

「…あんた、ほんとに何も分かってないんだな」

「え…」


まただ。
また、この瞳。
鋭く突き刺すような視線。
明らかな敵意。

何故。

自分は彼女を、彼女達を救いたいと思っているのに、なぜユーリはこんなにも冷たい目で自分を見るのか。

軽く混乱するフレンに追い打ちをかけるように、ユーリが冷たく言い放つ。



「――偽善者」



言われた言葉の意味が理解できなかった。



ーーーーー
続く
▼追記

カミングアウト!!(※リクエスト・ギャグ)

7/8 のの様よりリクエスト

「フレンが派手な規模のカミングアウトをする話」

エロではありませんが会話内容があまりにもアレなので一応裏扱いです。ギャグなんですが。
閲覧にはご注意下さい。








「おいフレン、おまえ宛てにリクエストが来てるぞ」

「なんだいいきなり。リクエストって僕に何か歌でも歌えって言うのか?」

「それはそれで別にいいんだがそういうんじゃない」

「いいのか。じゃあ何?」

「『派手な規模のカミングアウトをしろ』だそうだ」

「…カミングアウト?何それ」

「カミングアウトっつーのは、それまで誰にも話した事がない秘密を他人に自分から暴露する事だ。主に出生関係や病歴、あと性的嗜好なんかの事を指す場合が多いな」

「どこかで調べたのか?君がそんなに理路整然かつ簡潔に説明出来るとも思えないな」

「…おまえオレを馬鹿だと思ってるだろう。オレは学はないが知識はあるほうだと思うぞ。ちゃんとスキット聴いてるか?」

「サンゴを知らなかった時はどうしたものかと思ったけどね」

「……オレの話はいいんだよ!!」

「大体派手な『規模』って何なんだ。テルカ・リュミレース全土を揺るがすような秘密なんか持ってないよ、僕」

「探したらありそうだけどな、なんとなく。安心しろ、多分そんな期待はされてない」

「…どうしろっていうんだ」

「とりあえずなんか暴露しろ」

「仕方ないなあ。じゃあ特別に、僕が日頃君にしてみたいと思ってる事を教えてあげるよ。性的嗜好って言ったよね」

「…なんか物凄いヤな予感がするな…」

※フレンの変態スイッチが入りました。苦手な方はページを一気に下までスクロールすることをオススメいたします。







「そうだなあ、してみたいというか見てみたい、になるけど、やっぱり触手とか王道だと思うんだ。もう、これこそ男のロマンってやつ?なんか昔の浮世絵とかいうものにまであるらしいよね、タコに襲われてる女の人の絵とかさ。イカだったら死んでも嫌だけどまあ僕がされるわけじゃないし。ヌルヌルした触手に巻き付かれて身動き取れなくなってるユーリとか、想像しただけで鼻血出そうだよ。もちろん服は着たままが一番だよね。それで、袖口とか無駄に開いてる胸元からこう、ズルズルと触手が侵入して身悶えるさまなんか見てしまったら、とりあえずギリギリまで助けるのやめようとか思うのが当然だと思うんだ。服は思い切り破られるのでもいいけど、触手の先から何だかよく分からない粘液とか出て来て溶かされるなんていうのも萌えるよね。ところどころに服の切れ端が引っ掛かって、際どいところがギリギリ隠れてたり見えてたりするとまた堪らないな。スライム状の魔物にへばり付かれてなんてのもいいなあ。でも僕らの世界にスライムみたいな魔物っていないよね。何でなのかな。ナメクジ型とか触手振り回すローパーもいないな。やっぱり何かまずいと感じるところがあったのかな?いたら絶対妄想してるよね間違いないよ。いなくても妄想するけどね!」


「……………」

「どうしたの、ユーリ?」

「…いや…男のロマンておまえ…」

「さすがに自分の腕を触手にとかいうマニアックなのはちょっと引くかなあと思って」

「ああ…うん…つかもうその発想、ほとんどエロゲだよな…」

「やってる事は大して変わらない気がするんだけど」

「それ以上言わないほうがいいぞ」

「触手じゃなくても別に魔物に襲われてるのでもいいよ」

「…おまえはそーゆー状態のオレをただ見てるだけなのか。それでいいのか」

「うーん、基本的にはやっぱり自分でユーリに直接あんな事とかこんな事とかしたいよね。きっとみんなもそっちを望んでるんじゃないかと思うんだ」

「……」

「一緒にお風呂に入ってイチャイチャしてるうちに本番とかもう、定番中の定番だよね。だからこそやめられないっていうか誰もが憧れるシチュエーションだと思うんだけど。ユーリの部屋にそもそも風呂が付いてなさそうだとかいうのはこの際どうでもいいとして、多分僕の部屋にはある筈なんだよな。誰にも邪魔されないし汚しても問題ないしシャワー使ったり石鹸使ったりいろいろやりたい放題だよね、ああ勿論本来の用途以外で。下をキレイに剃ってみるとかやってみたいなあ。きっととんでもなく卑猥なことになると思うんだ。僕がやってあげてもいいけど、嫌がるユーリに無理矢理自分でやってもらうとかいうのもこう、そそるものがあるよね。お互いで剃り合いっこするのもアリかな。すべすべして気持ち良さそうだよね!」

「…のぼせて死ぬんじゃないか」

「別に湯舟の中で全部やるわけじゃないんだから」

「…」

「まあのぼせたらのぼせたでおいしいシチュエーションではあるよね。身体の自由が利かない君をお姫様抱っこしてベッドまで連れてったらあとはもうやりたい放題でのぼせて暑いんだか別の意味で熱いんだか分からなくなってるようなユーリはどれだけイヤラシいんだろうとかまた想像ていうか妄想が止まらないよどうしよう。自由が利かないといえばまだ緊縛プレイとかしたことないよねそういえば。やっぱり紐は赤に限ると思うんだ!きっと君の白い肌には最高に映えるに違いないよね。紐を外しても跡がついちゃってまだ縛ってるみたいに錯覚したりとかしてみたいよ一度くらい。紐じゃなくてSMなほうの拘束とかもまだだよねなんだ結構やってないシチュエーションあるじゃないか。道具も一回だけだしあれもちょっと特殊だったからできればもう少し普通な感じで」


「普通のSMって何だよ!!?」

「あぁそこでツッコミ入れるんだ」

「もういいそのへんにしとけ。一応確認するが、今までのはみんな『おまえの』性癖っつうか願望なんだな?」

「うん、そうだよ。撲はあくまでも自分のやりたい事をカミングアウトしただけにすぎない」

「決してどこかのアホ管理人にそういう性癖があるわけではない、と」

「当たり前じゃないか。みんなの希望を体現しているだけだよ僕達は」

「うわそれも何かムカつく」

「おかげで色んなプレイができて楽しいねユーリ。女の子な君も僕は大好きだよ!」

「……あっそう」

「女の子、じゃなくて女の子の格好でもいいけどね。今度はメイド服だって?楽しみだなあ」

「そっち読んでない人だったらどうすんだ」

「大丈夫、メイド服に食いついてくれたならオッケーな筈だから!そうそう、あんまりコスプレもやった事ないよね!裸エプ」

「おまえホント節操ないのな!!!」





ーーーーー
終わる
▼追記

流転(リクエスト)

7/6 20:54 拍手コメントよりリクエスト
フレユリ前提でエンテレフレン。ある意味死ネタかもしれないのでご注意下さい。









何度でも生まれ変わって、
何度でも見つけてやる











異変が顕れたのは、世界から魔導器が失われてまだそれ程経っていない頃だった。

忙殺されそうな日々の中、寝食を忘れて働いた。
…文字通り、『食』を必要としていない自分に気が付いたきっかけは何だったか。今ではそれすら思い出せない。

はじめは『気のせい』だと思い、次に『まさか』と思い、最後にやっと『確信』に至った時、頭の中を占めていたのはたったひとこと


何故、僕が



震える僕を抱く彼の腕も震えていた。



五年、十年

ほんのわずかも伸びない髪の毛、変わらない姿

季節が巡り、見馴れた顔が変わって行く。
子供だった彼らは成長して、かつての自分の年を追い越した。

変わらないのは互いの想いだけ。『人』である事を忘れさせまいと、暖かな場所と料理を与えてくれる愛しい人。
彼がいなければ、僕はとっくに壊れていた。



十五年、二十年

伴侶を得、子供を得たと語る幸福に満ちた笑顔。
僕は一体、それをどんな顔で見ていたんだろう。
祝福したのに、共に喜びを分かち合ったと思っていたのに、誰も居なくなった部屋で彼は無言のまま、僕を抱き締めた。


もう見るな
何も考えるな
最期まで一緒にいてやるから


歳を重ねても美しい彼の胸の中で泣いていた。




ひとり、ふたり

愛しい人達が、僕の世界から消えてゆく。

充分なのか、早過ぎるのか、そんな事はわからない。わかる事はひとつだけ、それは全て『天寿』なのだということ。

いかないで、独りにしないでと声を涸らすまで叫び続けた僕に、彼は困ったように微笑んだ。


ごめんな、先にいく

でも、おまえはおまえのままでいてくれ
そうすれば―――――




果てしない紺碧の海に君を散らして、何も抱かない墓碑を飽く事なく見つめ続けた。


残ったものは、君の想いが染み付いた一振りの刀だけ

君を失った世界で、僕は何を求めて生きればいいんだろう。
いつか海を眺めたこの丘で、紅い瞳と銀の髪が揺らめいた。


役目を果たせ
全ての事象には意味がある


あの日と変わらない姿のまま静かに語る彼に、僕はどう見えていたんだろう。
彼は世界と共に生きる選択をし、全ての命の安寧の為に生きている。それは彼が望んだ事だ。


僕はこんな生き方を望んでいない
役目なんて知らない
あなたのようには生きられない


慟哭と共に吐き出される言葉を、ただ受け止め続ける紅い瞳が恐ろしかった。


役目がわからなければ、探す事だ

最愛の友が望んだこと、それがおまえの役目


答が見つけられずに彷徨う日々の始まりだった。




最期の言葉を胸に、ただ君の姿を探し続ける。
君の望みは何だったのか、僕は君の望んだように生きられるのか。
わからないまま世界を巡り、変化し続ける人々の中で繰り返される争いに絶望した。

僕が、僕たちが守りたかった世界。今、君がこの世界を見たらなんて思うだろう。
もしかしたら、何処か僕の知らない場所で同じ世界を見ているんだろうか。

君ならどうする?何を望む?君は何を守りたい?

再会のその時に、君に恥じることのない僕で在りたい。想いを乗せて振るう刃が、君の想いと重なっていると信じさせてくれ。


君の望んだ世界を守ること、それが僕の役目



答えは最初から示されていたのに、争いと混迷の中でやっとそれを思い出した僕を、君は叱るだろうか。


ごめんね、君がいないと僕はこんなにもみっともないんだ


だから頑張るよ、こんな姿は見せられないから。
きっと君も頑張ってるんだろう?
姿が見えなくても、声が聞こえなくても、この掌に想いを握り締めて頑張るから。



だから早く見つけて、僕のことを。
僕の想いが間違いではなかったことを、確かめたいから。
君の想いと重なっていたと、その唇から聞かせて欲しい。


本当は、僕にも見つけられる筈なんだ。

だって君は僕の半身、魂の片割れ

姿が変わっても、声が違っても、求め合い惹かれ合う運命と信じている。

でも、僕は君を探さない。ただ君を探すだけの僕を、君は望まないだろう?

だから僕は君を探さない。その代わり、今を生きているこの笑顔をひとつでも多く、守っていくよ。
どれだけ人が変わって、街が変わって、国が変わっていったとしても、ただひとつ、変わらないもののために生きていく。

きっとそれが、再び僕らが出逢うための道標になる。

今は遥か遠いあの日、互いの剣に交わした誓いを守り続けてみせるから。
だから君も、約束を守ってくれ。


何度でも、見つけてくれるんだろう?



ただ待ってるだけじゃ叱られてしまうだろうから、僕は僕の役目を果たしながら君を待つことにするよ。
君をがっかりさせたくはないからね。

君と会った時に、胸を張って笑えるように生きてみせる。



だからいつか見つけて、僕のことを。
その時は、思い切り甘えさせてもらうから。




満天の星空にただひとり、君の瞳を想う

かつては夜空の色をした瞳が、この身の蒼穹を映す日が必ず来ると信じている





ーーーーー
終わり
▼追記

彼はオンナノコ

「オトコノコとオンナノコの違い」の続きになります。








「とりあえず、それが今回の診察結果だよ」

手渡された書類にざっと目を通して、ユーリは大袈裟な溜め息と共にテーブルに突っ伏した。
向かいに座るフレンはその様子に慌てて立ち上がり、ユーリの隣で膝をついて気遣わしげに彼女を見上げ、力無く垂れ下がる掌を自分の両手で優しく包む。

それをちらりと見遣り、ユーリが再び大きな溜め息を吐いた。


「ユーリ!?大丈夫か?何か良くない事でも書いてあったのか?いやそれより、具合でも悪いのか?」

「……別に」

「じゃあどうしたんだ?僕はまだ詳しい話を聞いてないんだ。だからユーリ、何かあったんならちゃんと僕にも」

「ああもう、うるせえ!!説明するから手を離せ!さっさと座れ!!」

「あ、ああ」

渋々と言った感じで自分の向かいの椅子に戻って座り、真剣な表情でじっと見つめるフレンの視線に、ユーリは三度目となる溜め息を吐いたのだった。




ユーリが女性の身体になってから、そろそろ一ヶ月になろうとしていた。

初めの一週間ほどは大人しく経過観察をしていたものの、これといって体調に異常はない。星蝕み撃破後の事後処理をいつまでも他のメンバーに任せているのも心苦しいし、ギルドに依頼も入って来るようになった。
原因の究明はとりあえずリタ達に任せ、ユーリも仕事を再開したのだが、ただ一人、フレンだけがそれに良い顔をしなかった。


変化直後の不安定な様子のユーリを知るのは、フレンだけだ。

だからこそ、フレンは誰よりもユーリを心配している。恐らくは誰にも見せたことのないであろう弱い部分を見た事で、ユーリに対して今まで抱いたことのなかった庇護欲が生まれ、とにかく自分がユーリを守ってやりたい、という思いを強くしたのだ。

ユーリの「大丈夫」は信用できない。
そう言ってフレンはユーリに、医学的な見地から一度、きちんと診察を受けるようにと何度も言ってきた。だがそれをユーリは嫌がり、ギルドの依頼や下町の復興作業の手伝いにかこつけて逃げ続けていた。
しかし、先日下町の井戸が完成した際にとうとう約束をさせられ、その後診察を受けた結果を今日、ユーリの部屋までフレンが届けに来ている。

その事すら、ユーリは不満だった。

「…全く、何だってわざわざおまえが来るんだよ。こんなもん、誰かに持って来させりゃいいじゃねえか」

「だってユーリ、あれから全然城のほうに来てくれないじゃないか。だったら僕から会いに行くしかないだろう」

「こんなナリで城になんか行けるかよ。ルブランやらデコボコやらに見られたら、何を言われるか…」

「ユニオンには行ってて、何でこっちは駄目なんだ」

「仕方ねえだろ、オレにだって仕事があるんだよ。それにハリーはあの戦いの事情を知ってるしな。何か突っ込まれても話を合わせてくれるし」

「…それぐらい、僕にだって出来る」

フレンがむっとして頬を膨らませる。

「それでも、城とダングレストじゃどっちが気楽かぐらい分かるだろうが。おまえの事なら、何処にいたって聞こえて来…」

「僕も、君の活躍は耳にしたよ」

ユーリの話を遮ってフレンが口を挟む。その表情は厳しく、ギルドでの活躍について等の良い話、ではなさそうだと予想できた。

「…どんな『活躍』だよ」

「ユーリ、ダングレストの酒場から出入り禁止を食らっただろう」

「あー…その話か」

「ユニオンを通じて、僕のところにも話が来た。大体の事情は理解したけど、もう少し手加減というか、どうにかならないのか」

「しょうがねえだろ!?あいつら、人の身体をべったべたべったべた触りやがって!!何が『ほんとに女なのか確かめさせろ』だ!見りゃ分かんじゃねえか!!」

「…べ、べたべた…」

「ああそうだよ!元からチンピラみてぇな奴らだって少なくねえ。しかも酒が入ってっからますますタチが悪ぃ。手加減してたらこっちがやられちま」

「ヤラっっ……!?だ、大丈夫だったのか!?何かヒドいことされてないだろうな!!?」

「……………」

「ユーリっっ!?」

一人熱くなるフレンに対してユーリは非常に冷めた眼差しを向けた。

「…事情は理解したんじゃねえのかよ」

「何度も酔っ払いと喧嘩して、その度に店を破壊するのと大量の怪我人を出すのをどうにかさせろとは言われたけど、それなら立派に正当防衛じゃないか!!」

「…ふーん。じゃあ今後一切手加減なしでいいんだな?」

「い、いやそれは…ああ、でも…!!」

ユーリは決してフレンが考えているような意味で『やられる』と言ったのではなかったが、フレンは勝手に深読みして頭を抱え込み、何やら一人でぶつぶつ言っている。
それを横目で見ながら、ユーリはテーブルの上の書類をもう一度手に取った。


今回の診察は、単純に医師にユーリの身体を診てもらい、異常がないかどうかを知る為のものだったが、その結果を気にしているのはフレンだけではない。
ユーリの変化の原因を究明しようとしているリタも、その一人だ。

リタは魔導研究の第一人者であり、精霊や術の事であれば彼女の右に出る者はいない、と言っていい。
医学的な知識もゼロではないし診察にも立ち会っていたが、その後すぐにアスピオに戻っている。


「この結果、リタはどう思うかねえ…」

ユーリの言葉に、フレンが顔を上げる。

「…そうだ、それ。そもそもそれを聞こうと思ってたんだよ!どうだったんだ?」

「どうもこうも…」

ユーリが書類をフレンに渡し、テーブルに頬杖をついて言った。


「身体は完全に女、だとよ」

「…そうか」

「なんかなあ…そんなの分かり切ってたつもりだけどさ、改めて言われるともう、トドメ刺された気分だな」

「でも、それ以外は何の異常もないんだろう?特に何か負担があるという訳じゃないなら、とりあえず一安心だな」

「だから大丈夫だって言ったじゃねーか…」

「そんなの分からないだろ。見た目以外に、何か異常がないとは限らなかったんだから」

「リタもそんな事、言ってたな。結果が出たら知らせろってさ。…ほら、それよこせよ」

「…君が持って行くのか?」

「明後日から護衛の依頼が入ってんだよ、ハルルの近くまで。だからついでにな」

書類を渡そうとしていたフレンの手が止まった。
眉間に皺を寄せてユーリをじっと見るその瞳が、物言いたげに揺れている。

「…何だよ」

「ユーリ、もう…あまり危険な事は」

「いい加減にしろよ!!」

「ユ、ユーリ?」

突然ユーリが立ち上がり、呆然と見上げるフレンの手から書類を乱暴に奪い取る。事態が飲み込めずに目をしばたたくフレンを見下ろすその表情は、明らかに怒りの色を湛えていた。

「何なんだよ、おまえは!おかしいだろ、こないだから!!何かってえとそんな事ばっか気にしやがって…!」

「こないだ?何の事か分からないよ」

「井戸掘ってた時だよ!いきなり人の事…か、抱えて運びやがって、オレがあの後どんだけからかわれたか分かってるのか!?」

「だ、だってユーリがあんな、はしたない格好してるから!」

「気にしすぎだって言ってんだろ!!おまえが……!」

「ユーリ?」

「……おまえに必要以上に心配される度、逆に嫌になるんだよ。もう…男だった時みたいな付き合いは出来ないのか、って」

「それ…は」

「トドメだって言っただろ、さっき。はっきりとあんなもん見たら、もう『女扱いするな』って言っても無駄だろ?おまえの性格じゃ」


フレンは答えられなかった。
結果が出る前から、別にユーリが女性になっている事を疑っているわけではなかった。それでも確信が欲しかったのは事実だったからだ。

「もう『男』じゃないんだからとか、そう言われる度に情けなくなる。ほんの少しでも望みがあるならと思ってたから、医者に診せるのだって嫌だったんだよ。だから『トドメ』だ」

「ユーリ…」

「…もう仕方ねえけどな、なっちまったもんは。でもまだ可能性がないわけじゃないんだ。だからそんなに意識しないでくれねえか。…物凄く、やりづれぇ」

そう言って再び椅子に座ったユーリは、酷く疲れた様子だった。
だが、フレンにも言いたい事はある。ユーリが無自覚すぎるせいで、余計な心配事が増えるのだ。


「…そんなに言うなら、君がもう少し『女性』としての自覚を持ってくれ」

「何だと?」

「意識するなって、そんなの無理な話だ。だって…」

言葉を切ったフレンは一度俯き、すぐに顔を上げた。そして真っ直ぐにユーリを空色の瞳に映し、ゆっくりと静かに、思ったままを口にした。


「だって、君はとても魅力的な女性になってしまったんだから」


「なっ………」

「それなのに君はあまりにも自覚がなくて無防備で、見ていて不安で仕方ないんだ。現に危険な目にあってるじゃないか!」

「危険って…」

「…ダングレストで」

「あのなあ、あれはそういう意味で言ったんじゃ」

「大して違わないよ。たまたま君のほうが勝ったから良かったものの、もしそうじゃなかったらどうなるか考えた事ないのか?…殴られて終わりじゃないかもしれない。……意味は、分かるだろ」

「………」

「その服だって、ほ…殆ど見えてるじゃないか、胸が!サラシを巻くのが嫌なら、せめてもっと隠してくれ!そんなんじゃ、その…」

何か言い辛そうに口篭り、目を逸らしたその顔が、徐々に赤くなってゆく。

「…また妙な事でも考えたか」

「違う!…その、誘ってる、とか…誤解されても仕方ない、というか…」

「…あのなあ…」

既に何度目か知れない溜め息と共に、ユーリがフレンに指を突き付ける。

「それ、痴漢の被害者に『あんたの服の丈が短いのが悪い』って言ってんのと同じだろ」

「う……」

「いやそれよりもっとタチ悪ぃな。騎士団のトップがそんな考えでいいと思ってんのか」

「僕が被害者をそんなふうに思う訳じゃない!!だけど、自衛は必要だと言ってるんだ!…無用な誤解と危険を避ける為にも、もっと慎みを持ってくれないか」

「慎み、ねえ……」

ふ、と息を吐いて視線を落としたユーリに、フレンはどこか居心地の悪さを感じてしまう。

「…何?」

「それは、おまえもオレを見てそう思うって事か?…こないだまで男だったオレに?」

「……………な…」

「ガキの頃から知ってるのに…一緒に戦って来たのに、そんなにすぐに意識が変わるもんなのか…?」



自分は、ユーリをどう思っている?

意識…意識はしている。でもそれは危険な目に遭わないように気に掛けている、そういう意味で『意識を向けて』いるんであって、特別な意味は、何も…。

でもそれじゃ、この前一瞬よぎったあの考えは?

……言えない。


「…違うよ。僕は君の友人として、君が傷付くのを見たくないだけだ。それは、今も昔も変わらない。ただ…」

「ただ、何だよ」

「…ただ、心配事の内容が以前と違うのは仕方ない。それだけは、ちゃんと理解して欲しい」

「…分かったよ。…とりあえず、そういう目では見てねえ、って事か…」

後半部分は殆ど独り言だった。

「え?ごめん、よく聞こえない」

「何でもねえよ」


「…窓の鍵、開けておくよ」

「何の話だ」

「僕の部屋の、窓の鍵を開けておく。いつでも来ていいから」

「あのな…」

「いいね?何かあったら、僕に言うんだ」

「……とにかく過剰な心配は無用だ。オレもちっとは気ぃ付けるから」

「…本当に?」

「言ってるそばからそれかよ…しつこいぞ」

「今までが今までだからなあ」

「うるせえな!…ほら、これでいいんだろ!!」


ユーリが上着の合わせを鎖骨のあたりまで上げ、苦しそうに顰めっ面をする。
大きめの胸も押し潰されてはち切れんばかりになっており、これでは激しく動いたら弾けてしまうのでは、と考えてフレンはまた顔を赤くした。



「…服、変えたほうがいいんじゃないか」

「オレはこれが気に入ってんだよ!…ったく、女ってのは面倒臭えなぁ…」

「……そう、だね……」

「フレン……?」



ちりちりと、胸の奥で何かが燻っている。

その場所をぎゅうっと押さえて、今は何も考えないようにした。




ーーーーー
続く
▼追記
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